PANORAMA STORIES
ボローニャの夜を沸かしたポップな「セビリアの理髪師」 Posted on 2017/09/12 荒川 はるか イタリア語通訳・日本語教師 イタリア・ボローニャ
先日「IL BARBIERE A FUMETTI漫画セビリアの理髪師」と名付けられた舞台の初公演に行ってきた。
ロッシーニの名作オペラをアレンジした吹奏楽のための組曲に合わせて、スクリーンでは漫画キャラクターとなった主人公たちがあの手、この手を使った恋の争奪戦を繰り広げるというもの。
会場はボローニャのバラッカーノ小劇場の中庭。
この劇場で一風変わったイタリアと日本のコラボレーションプロジェクトが発表されたのが約3ヶ月前だった。
この試みは、若い世代にオペラ作品に親しみを持ってもらおうと、音楽イベントATTI SONORIのディレクター、ジャンバッティスタ・ジョコリ氏が発案したもの。
ロッシーニと同時期に活躍したヴィンチェンツォ・ガンバロの編曲による組曲に魅了された彼は、イタリアの若者たちに親しみの深い日本文化を取り入れた舞台をつくれないか、と考えた。
そこでボローニャ大学外国語学部から生まれた日本のポップカルチャーイベントNipPopに目をつけた。
こうして両者のコラボレーションにより、音楽と漫画映像という新しい表現を使ってヒロインのロジーナを巡る「セビリアの理髪師」の物語を描き出そうというプロジェクトが生まれた。
要となるビジュアル担当は、以前から音楽の仕事をしたかったという漫画家・イラストレーター槻城ゆう子氏。実際に作れる衣装しか描かないと言うこだわりぶりで、企画発表会ではキャラクターデザインを披露してくれた。
そして、仕掛けたっぷりのラブコメディを、読み物としての漫画ではなく、台詞なしのイラストのみで語るという至難の技に挑戦した。
さあ、舞台が始まった。雨の予報とは裏腹に、星空の下で迎えた初公演。
夕刻までの熱気が嘘のように夜風が心地よい中庭で、いたずらな笑顔のフィガロが幕を開ける。
序曲の後半、心地よいアップテンポで気分が盛り上がってきたころで、スクリーンに塔のある街を闊歩するフィガロの姿が現れ、はっとした。情緒たっぷりに描かれたその町並みは、その場にいる誰もが見慣れた風景だったのだ。
これは、企画発表のために訪れたボローニャの町への槻城さんからのオマージュに違いない。
会場全体に嬉しい一体感が漂った。
フルートやクラリネットで奏でられるリズミカルな主人公たちの歌声、スクリーン上の時にドラマチック、時にコミカルな主人公たちのダイナミックな演出は、観るものの想像力を刺激してぐいぐい物語の世界に引き寄せる。敵も味方も巧みに手のひらで転がし、何でも屋ぶりを発揮するフィガロ。その痛快な活躍ぶりに始終ワクワクさせられる。
演奏が終わると同時に「終」の字がスクリーンに現れ、拍手喝采がわき起こる。
ジョコリ氏の指揮、ペーザロ・ロッシーニ交響楽団の演奏で見事に初演成功を収めた「漫画セビリアの理髪師」は、イタリア全国ツアーを予定している他、小中学校での公演も計画中だとか。
セリフがなく、イラストと音楽で楽しむこの舞台には、年齢の壁もなければ、国境もない。日本とイタリアそれぞれを代表する芸術表現のこの意外な組み合わせは、ものすごい可能性を秘めているのかもしれない。
オペラが愛されている日本にこの舞台が届く日もそう遠くないのでは。
Posted by 荒川 はるか
荒川 はるか
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イタリア語通訳・日本語教師。東京生まれ。大学卒業後、イタリア、ボローニャに渡る。2000年よりイタリアで欧州車輸出会社、スポーツエージェンシー、二輪部品製造会社に通訳として勤める。その後、それまでの経験を生かしフリーランスで日伊企業間の会議通訳、自治体交流、文化事業など、幅広い分野の通訳に従事する。2015年には板橋区とボローニャの友好都市協定10周年の文化・産業交流の通訳を務める。2010年にはボローニャ大学外国語学部を卒業。同年より同学部にて日本語教師も務めている。