JINSEI STORIES
ホテルストーリーズ 「AC Hotel Bella Sky Copenhagen」 Posted on 2016/11/03 辻 仁成 作家 パリ
コペンハーゲンの空港にほど近い、ちょっと交通の便が不便な土地にポツンと佇むスカイホテル。
まるで100カラットのダイヤモンドをそのままデザインしたような外見の異様さ。
ここ? 見上げて、唖然とさせられた。
自分から泊まりたいと思って宿泊したホテルではなかったが、
ここの最上階のスカイバーは別世界であった。
翌朝、スウェーデンのマルメという街に移動しないとならず、コペンハーゲン市内ではなく、
空港そばのこのホテルを選んだ。
マルメまでは海の上の国境を越える鉄道で20分。空港から乗るのが便利なのである。
翌朝、出発が早かったので、AC HOTELに泊まった。
モダンな部屋、内装、とくに非の打ちどころもない。まるで映画のセットのようなシックなデザインである。
歴史あるホテルが好きなので、仕方がないとは思いつつ、ちょっとがっかりしてもいた。
息子はベッドに寝転がってゲームに興じている。
お茶しないか、と言ったが、やめとく、とつれない返事が戻って来た。
つまらないので最上階のバーに行くことになる。
エレベーターを降り、トンネルのような長い廊下を抜けると、地平線に沈まんとする夕陽が目に飛び込んで来た。
バーラウンジは広く、しかも洗練されたモダンな椅子やテーブルがセンスよく配置されている。
さすがインテリアのデンマーク、椅子ひとつとってもセンスがいい。
思わず息を呑んだ。
夕陽が見事にラウンジを支配している。
私は一人でいることが恥ずかしくなった。
大人のカップルたちが親密に向かい合い、優雅に寛いでいるのだ。
私は窓際の席に陣取り、給仕さんおすすめのカクテルを頼んだ。
どこから来たの?
パリからだよ。
わ、すごい。かっこいいなぁ。ぼくはパリが大好きなんだ。
だって、あそこのパンは美味しいじゃないか?
パン? 私は吹き出した。
アイスランド出身という給仕さんが言ったパンとはバケットのことであった。
パリから来たというだけで、話が弾むのだから、もしかするとコペンハーゲンは田舎なのだろうか?
東京から来たといったらどんな待遇を受けたであろう。
ぼくは日本が大好きなんだ、だって、ほら、あそこの寿司は美味しいじゃないか? 笑。
そんなことを想像しながら、ぐるりを見渡した。
日本の高層ホテルの最上階にも同じようなスカイバーがある。
でも、何が違うというのであろう。落ち着く。
360度、北欧の大地に囲まれているからだろうか?
洗練されたインテリアの見事な配置のせいで?
ここで口説かれたらどんな女性であろうといちころかもしれない。
確かに女性たちは皆うっとりした表情をしている。そして、全員が写真撮影だ。笑。
カクテルを舐めながら、私は人生を振り返った。
またいつの日か、自分も誰かを愛することができるようになるだろうか?
愛されることはあるだろうか
次の瞬間、苦笑した。
今は余計なことは考えず、おとなしく子育てに励むことにしよう、と思った。
愛に溢れるスカイバーで一人寂しくカクテルを舐める自分のことを労りながら・・・。
Photography by Hitonari Tsuji