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人生は後始末「岡崎慎司が会いに来た」 Posted on 2017/08/18 辻 仁成 作家 パリ

 
パリに来るときは必ず連絡が入る。
レスターシティの岡崎慎司選手だ。
東京から戻ったばかりだったが、断れない。

まず、おめでとう、と乾杯をした。
プレミアリーグの2017-18シーズンが11日に開幕、
岡崎慎司は開幕早々、開幕スタメンを勝ち取ったばかりじゃなく、なんと前半5分に今季初ゴールを決めた。
口うるさい英国の評論家も絶賛するゴールであった。
ちなみに、彼は試合後その足でパリにやってきた。
 

人生は後始末「岡崎慎司が会いに来た」

 
今日はバレーボール部キャプテンの息子も参加し、スポーツ談議に花が咲いた。
バレーとサッカーの違いなどなかなか普段聞けない話で盛り上がっていた。
ところで大体この男と呑むときは今現在の話よりも、未来の話になる。
過去の話にはめったにならない。
常に未来を見据えているということかもしれない。
来年や再来年の話もするが、もっと先のことが多い。
もっと先、数年後、いや、数十年後のことまで……。
 

人生は後始末「岡崎慎司が会いに来た」

 
岡崎慎司にはあの若さの人間にしては珍しくぶれというものがない。
確固たるイメージ、自分が歩むべき方向や方法を熟知している。
じゃあ、なぜ、わざわざパリまで話をしに来るのだろう?
たぶん、小生が余計なアドバイスをしないからじゃないか。
けれども、人間というものは誰かに自分の未来を伝えたい生き物ではある。
答えは最初から持っているのだが、強い確信を持てばもっとぶれずに済む。
小生はなんとなくわかっている。
彼が口にする言葉はすでに決定稿、解決していることに他ならない。
岡崎慎司はだから意見を求めに来るのじゃなく、納得するために来る。
 

人生は後始末「岡崎慎司が会いに来た」

 
「うん、いいんじゃないか、それで」と小生は頷く。

彼に向って「それは違う」と言ったことなどない。
そういう話をしている間、たぶん、この男は自分の中での迷いを清算し、これまでのやり方に安心をし、決めていたことに自信をつけているのである。
今日はいつになく精悍な顔つきをしていた。
息子が立ち上がって岡崎慎司選手の写真を撮った。
「すごくいい写真が撮れたよ」と息子が言った。

まっすぐに未来を見据える勝負師の顔だ。
どんな道も簡単じゃなく、険しい。
将来、彼がサッカーをやめて、違う道に踏み出すことがあれば、その時はきっと無限のアドバイスができるに違いない。
しかし、それは自分が生きている間にはなさそうだ(笑)。

岡崎慎司は立ち上がり、「ぼくにはビジネスはできません」と言った。
「そんな器用さがなかったおかげで、サッカーに専念できているのですが」

「うん、いいんじゃないか、それで」と小生は頷いた。 
 

人生は後始末「岡崎慎司が会いに来た」

 
今日の後始末。

「過去を語るもの、今を語るもの、未来を語るもの。それが人それぞれの一生です」