PANORAMA STORIES
風に吹かれて。南極海にて。 Posted on 2017/08/03 佐藤 カナメ 主夫 オーストラリア・パース
我が家は今、記録更新ラッシュだ。「抜いた!?」「まだだよぉ!」「抜かれたぁ〜」が繰り返されている。
14歳と11歳の息子たちが、大きさで妻を越し始めたのだ。つい先日、長男が妻の身長を追い抜き、次男が足のサイズで追い越した。
その度に妻が声を上げて驚いたり、悔しがったりするものだから息子たちは大喜び。隣の部屋で聞こえないふりをしていた私の所へ、鼻孔を膨らませて報告に来る。
青年期に足を踏み入れた長男と、成長真っ盛り少年の次男。自分の成長を誇らしそうにしている二人を眺めながら、父の胸にふと過ぎる不安…。
体が大きくなり、力が付いてきた頃、きっと人生最初の落とし穴が現れる。腕力ばかりで周りが見えず、思い上がった若者にしないようにするには、一体どうしたら…と遠くを見つめる父。
なぜなら、自分が腕力ばかりの、浅はかで、落とし穴に落ちてばかりの青年だったから。これから青年になる君たちに、いろいろうまく言えるかなぁ…。
オーストラリアでは7月に2週間のスクールホリデーがある。
今年の冬休みはちょっと遠出することにした。パースから車で南へ450キロ、南極海に面した町アルバニーへ。
西オーストラリア州の州都パースよりも早く、1827年に作られた歴史ある町で、古くは西オーストラリア最大の港を持ち、大型船の寄港地として、金鉱脈への玄関口として、そして1950年代には捕鯨拠点として栄えた。
パースから南下したので気温は下がり、そのうえ今は雨の季節。
雨はパラパラとは降らずに、ドバーっと降ってパっとやむ、その繰り返し。
決していいコンディションではないが、4泊5日ここを拠点にして過ごすことにした。
まずは、南極海とご対面。この延々と続く海岸線は南極大陸と分かれた片側だ。
遠くて写真に撮ることはできなかったが、丘の上から悠々と泳ぐ鯨の親子を眺めることができた。
潮を吹いたり、海面から飛び上がったり、1時間して我々がこの丘を離れるときもまだそこで泳いでいた。
海岸線から少し内陸に入ると、森が点在する。アルバニーから西へ100キロほど行くとウォルポール国立公園があり、ここはティングルという巨木の森を空中散歩できることで知られている。
アルバニーから、ワイパーを最速にしても前が見えないような土砂降り区間を3度通り抜けると、公園の入り口に到着した。
このツリー・トップ・ウォークは車椅子でも楽しめるように設計されていた。これだけの高さに至るまで、小さな段差1つなく進むことができる。どんな経験も皆で分かち合おうとする強い意思を感じ、ちょっと胸が熱くなった。
時折、遠くに雨の気配を感じたが、なんとか降られずに歩き終えることができた。
雨の多い日には博物館などで過ごすようにしたが、たとえ土砂降りに遭おうとも、今回私にはどうしても行きたい場所があった。アルバニー・ウインド・ファームといって、南極海に向けて風力発電の風車がいくつも並んでいる場所だ。大自然と、未来的な建造物のコントラストを写真で見たときから、必ず訪れてみたいと思っていた。
車を下り、南極海から吹き付ける潮を含んだ突風と雨の中、ブッシュに敷かれた小道を進んだ。
雨雲の間から時折光が差し、風車を照らした。
冷たい雨風が顔に吹き付けるなか、シュンシュンという風車の音が近く遠くで響く。
ふと、少し離れて風車を眺めている息子たちに目をやった。
こんな時、ちょっと前までだったら、寒いとか、疲れたとか、すぐ文句を言っていたはずだ。だけどこの日は、息子たちの目がレインジャケットのフードの中で輝いていた。
宿に戻ると、次男が私の近くへ来て言った。
「行く前にサーチしてウインド・ファームの写真を見たんだけど、晴れの日より、今日見た雨のウインド・ファームの方が僕はよかったと思う」
え? どんなところが…? 聞く間もなく、彼はスーとどこかへ行ってしまった。
帰り道、平地の多い西オーストラリアでは数少ない、山々を望むポロングラップ公立公園の丘へ登った。兄弟は私や妻よりもはるかにしっかりした足取りでグイグイ進む。
そういえば、 あのウインド・ファームの突風の中でも、飛ばされずに平気で歩いていた。
この先、彼らは様々な事を体験しながら、その度に自信を深めていくのだろう。
二人を並べて「いいか、思い上がった青年になるな、なぜならば○×△…」と私がグチャグチャ言うよりも、冷たい雨に打たれ、突風に晒されながら、そこに立つ小さな自分の存在を感じる事の方が、きっと何倍もそれが伝わるのかもしれない。
というわけで、父は君たちが思い上がった青年にならないように、今後はひたすら厳しいコンディションの旅行先を探すことにする! なぁんて言っているうちに、妻だけじゃなく、僕も抜かされちゃうんだろうなぁ…。
Posted by 佐藤 カナメ
佐藤 カナメ
▷記事一覧Kaname Sato
主夫。プロダクションに籍を置き、テレビ番組をひたすら作り続けて20余年。2013年に退職。2014年に家族とともにオーストラリアへ渡る。妻、息子2人の4人家族。現在は妻が日本で働きながら日豪を往復。本人は英語に四苦八苦しながら、子供の世話に追われる毎日。