PANORAMA STORIES
極寒の夏休み Posted on 2017/08/17 岩崎 淳 写真家 ニュージーランド・オークランド
北半球が「夏だ、バカンスだ」と騒いでいる間、南半球オークランドの人たちも同様に長い冬休み休暇に入る。
多くの人たちは暑い北半球、特にアメリカやヨーロッパ(今年は、ドクメンタの影響もあってか僕のまわりではアテネに行く人が多いようだった。)へ1ヶ月ほど行ってしまうので、普段に比べると少し閑散としている。
僕も例に漏れず、自らに「冬休みだから」と言い聞かせ、時間を作って、さらに寒いエリアに足を運んでみることにした。飛行機でクライストチャーチへ飛び、クイーンズタウンまでのロードトリップを敢行。-10度を超える寒さの中で息を飲み、目尻と鼻に皺を寄せ見た絶景。驚きの連続であった。
クライストチャーチから、レイクテカポ、レイクオハウを経由し、マウントクック、ワナカ、クイーンズタウンまでの500km、4泊5日を駆け足でハイライト。
2011年、クライストチャーチで大きな震災があった。東日本大震災の直前の出来事である。6年経った今でも震災の跡が色濃く残り、いまだあちこちが工事中で、街の中心でも空き地がポツポツと目立っていた。
一方で、クライストチャーチはニュージーランド建築文化の中心地でもあるため、至る所に60年代あたりに建てられたに違いない美しいモダニズム建築を見つけることが出来る。
その日は、クライストチャーチからトンネルを抜けたところにあるリテルトンという小さな港町で一泊を過ごした。トンネルの先にある山に囲まれた港町。山と海に挟まれているため、夜になると肌を切り裂くような寒さに襲われる。ほとんど陽が当たらず、鬱々とした雰囲気を持つその港町で、次の日の朝にコーヒーを飲んだ。
港を見下ろすそのカフェで、僕は1日ぼーっとして過ごした。まるでこの世界そのものがアンビエントミュージックのような経験である。重たい憂鬱な空気を切り裂くように朝日が山の麓に突き刺さる。
その街で友人に紹介されて出会ったニコとアランナ。彼らは19歳と20歳。震災が起きた時、彼女たちはまだ13-14歳だった。それから6年間、街にはカフェもおしゃれなお店も洋服を買うところも、ライブハウスも何もなかった。「私たちの10代は奪われたようなものだわ」と二人は話していた。
コーヒーを飲んだ後、その小さな港町から車を走らせ、星空が世界遺産にも登録されているレイクテカポを目指した。寒さとは裏腹に空は抜けるような青空だった。
途中、写真を撮りながら、ゆっくりゆっくり走る。何か面白そうなものを見つけては、車を路肩に駐車し、散策。ロードトリップの醍醐味だ。
その日は、レイクテカポのキャンプサイトにて車内泊。近くにあったしがないパブで湯たんぽにお湯を入れてもらい、出来るだけ暖かくして床についた。
寒すぎて朝4時ごろに目が覚めた。急いでエンジンを入れ、暖房をつけた、車の温度計は-10度を示していた。
アイスで車の窓ガラスが真っ白になっていたが、そこにあった手袋をはめ、外へ出た。そこには満天の星空が広がっていた。月はもう既に沈んでおり、辺りには星の明るさだけがあった。ホテルに泊まっていたらこんな美しい光景は見ることが出来なかったであろう。車で寝てよかった。
その朝に向かったマウントクックでは、雪のため道が閉まっており車を駐車し、歩いて向かった。膝上くらいまで積もった雪道を22歳の時から愛用しているメイドインオレゴンのブーツでザクザクと歩いた。
あまり晴れることのないマウントクックで快晴だったことはラッキーだとしか言いようがない。天気に恵まれるだけでその旅行が不思議とウキウキしたものになる。
その日は、マウントクックから少し車を走らせたところにあるレイクオハウにある小さなロッジに宿泊。露天風呂(厳密にはスパ)で体を温めて、夕食を食らう。ここのシェフは、毎日クライストチャーチまで食材を選びに通っているのだという。宿泊には、朝食と夕食が含まれており、最高のおもてなしを満喫。
次の日は、早く起きて室内から朝日が昇るのを暖かいお茶を入れて見ていた。山の隙間から湖に朝日が差し込み、言葉や写真では表現出来ないような光景であった。こういう瞬間、作家や写真家には何が出来るのだろう、とつい考えてしまう。
その後、朝食を食い、次の目的地であるワナカを目指した。美しい自然を見るだけならば、世界中どこへ行っても見れるだろうが、こうやって少し走らせるだけで多様でかつ広大な風景を見ることが出来るのが、ニュージーランドの冬の魅力の一つだろう。
ワナカで一泊し、クイーンズタウンへ。
クイーンズタウンは空港もあるため、観光地としても栄えているのだが、それでもやはり観光地になるだけあって、他とは少し違った光景を目にすることが出来るのである。多くのヨーロッパから来た観光客に出会った。特にフランス語が多く飛び交っていた。
どこへ行っても本当に寒いし、何を食べても寒い。山でハイキングをしても、カフェでホットチョコレートをどれだけ飲んでも寒いものは寒いのだ。
だけれど、こんな極寒の夏休みもいいもんだなとタイムラインに流れる友人たちの暑さへの嘆きを見ながら思う。
こういうことを経験する中で、南も北も寒さも暑さも関係なく世界中どこでも7月や8月はバカンスのために存在しているのではないかとも思えてしまうのである。
Posted by 岩崎 淳
岩崎 淳
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写真家。国内外のメディアへの寄稿やビジュアルデザインを中心に活動。淡々としたドラマのない、ものとものの間を撮るような、瞬間と瞬間を埋めるような写真を好む。オークランド在住。