PANORAMA STORIES
フィンランド特集2「フィンランド独立100年を記念し、かつてのフィンランド領土を旅する 」 Posted on 2022/05/23 ヒルトゥネン 久美子 通訳、プロジェクト・コーディネーター フィンランド・ヘルシンキ
【再配信】2017年に配信された記事ですが、この小さな記事を通して、現在の北欧の姿が見えてきます。ロシアのウクライナ侵攻を受け、NATO入りを目指すフィンランドとはどういう国なのでしょう? そして、ロシアとの距離感は? 5年前に書かれた少し古い記事ですが、この時はまだロシアとの関係は今のような厳しさが感じられません。隣接するロシアの脅威が目の前に迫るフィンランドの昔日の日を、振り返り。
フィンランド在住のヒルトゥネン久美子さんからのレポートです。ロシアへの当時の距離感が描かれていて興味深く読むことができます。
今年2017年はフィンランドがロシアから独立して100年を迎えます。
まだまだ若い国です。日本とさほど変わらない国土面積ですが、人口は560万人。福岡県と同じくらいです。この面積の中に福岡県ほどの人口しかいないと考えると、いかに自然に恵まれた国か想像がつきます。そして色々な意味で注目を集めている国であることも嬉しい驚きです。
歴史的には、およそ650年間スウェーデンの統治下にあり、またその後独立までの約100年はロシアの一部でした。小国フィンランドがどう踏ん張って生き残ったのか、また独立100年に敬意を表して、この夏、フィンランドの歴史に触れる旅に出かけました。
目的地はフィンランドの国境からわずか25kmの、かつて1918年にはフィンランド第2の都市だったという“ヴィープリ”の町(英語ではヴィボルグ)。
やはり!! 予測はしていましたが、ロシアの国境越えは手ごわかったです。人はまあまあ、スムースだったのですが、バスが通過できない事態に陥り、憤る運転手とともに、1時間ほど外で立ちん坊することになりました。
やっとの事で許可を得てロシアに入国。ほっとし、反対側を見ると、今度はフィンランドに出国するロシア人の車の長蛇の列。優に3時間はかかるだろうとのこと。
帰りの恐ろしさを覚悟しながら、ヴィープリの町に向かいました。
ヴィープリの中心は「ここ小ヘルシンキ?」と思うほど、ヘルシンキに似た町作りです。
中心に市場と市庁舎。また細長い公園が市民の憩いの場となり、その中におしゃれなレストランがありました。
そのレストランもヘルシンキのものとそっくりです。
市場にはかつて砲台として使われていたという丸い塔(現在はレストラン)があり、そこはつい数年前までフィンランドで販売していたコーヒーのレトロパッケージにもなっていた建物です。
フィンランドらしさがあちこちにありますが、そんな中に異様な雰囲気でレーニン像の立つ広場もありました。
反対側の公園と異なり、そこだけ人が極端に少ない殺風景な広場です。
ほっとするフィンランド風の空気と緊張感のあるエリアが隣り合わせに存在する、なんとなく不自然な街です。
そして私たち外国人が宿泊するエリアから5分も歩けば、廃墟のような地域が広がり、崩れかかった建物の横にもレストランが営業しています。目の前と後ろで全く異なった風景が広がるヴィープリ。
フィンランド人の街だったヴィープリはロシア人に見捨てられてしまったのでしょうか。。
「昔愛した人が、落ちぶれてしまったところを見ちゃった感じ。。」と同行した友人が表現していましたが、ズバリ! という印象でした。
さて、今回の旅の目的の一つはフィンランド時代に建てられたヴィープリ図書館を見ることでした。
フィンランド人建築家として名高いアルヴァ・アアルトによるこの図書館はロシアの時代に悲しいほど、荒廃していました。それをフィンランド女性大統領ハロネンさんがプーティン大統領に話を持ちかけ、2013年の修復完成にこぎつけたという経緯があります。そのアアルトの図書館を見たかったのです。
フィンランドでよく見る美しいアアルト建築は特に天井、手すり、椅子の背など、様々な曲線の使い方に魅了されます。ロシア人の手により修復されたであろう天井は、ちょっと悲しいかな、曲線がずれていたり、板がはがれそうになっているところもありました。
でも、なんとかここまで修復した感がある、ぎくしゃくしたアアルト芸術の有様に「精一杯やったんだ。。。ありがとう。。」と頭を下げたい思いになりました。
特に、図書館のツアーが終わって外に出た私たち一団を何やら大声で追いかけてきたスタッフの女性。
彼女に怒られることでもしたかしらと思いきや、団の中にいた赤ちゃんに、「オムツを替えないでそのまま出て良いのか?」と心配して追いかけてくれたことを通訳さんに聞いた時、堅苦しそうな社会やロシア人の印象の中に、少々不器用だけど人間共通の優しさや母性愛を感じ、心が温かくなりました。
言葉がうまく通じない分、想像力がたくましくなってしまう隣国ロシア。
特に元フィンランドだったヴィープリはなんとなく心に引っかかる場所となりました。
初配信、2017年の8月。
Posted by ヒルトゥネン 久美子
ヒルトゥネン 久美子
▷記事一覧通訳、プロジェクト・コーディネーター。KH Japan Management Oy 代表。教育と福祉を中心に日本・フィンランド間の交流、研究プロジェクトを多数担当。フィンランドに暮らしていると兎に角、色々考えさせられます。現在の関心事はMy Type of Lifeをどう生きるか、そしてどう人生を終えたいか。この事を日本の皆さんと楽しく、真面目に、一緒に考えていきたいです。