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ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~ Posted on 2017/07/20 吉田 マキ 通訳・コーディネーター ヴェネツィア

「ああ、今年も夏が来たな」と、感じる食べ物や行事などが各地にあると思う。
ヴェネツィアの人々にとってのそれが、7月の第三週末に行われる「レデントーレの祭り」だ。

その週末は、ヴェネツィア本島からジュデッカ島にあるレデントーレ教会に歩いて行けるよう、330メートルの仮設の橋が架けられる。
 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

ヴェネツィア本島からレデントーレ教会に架けられる仮設の橋
© Redentore2017 Venezia Unica

 
 
総大司教が祈りを捧げたり、ゴンドラのレースなどもあるが、祭りのクライマックスは、ジュデッカ沖で打ち上げられる花火である。
サンマルコ小広場やスキアヴォーニ河岸は、それを見物しようとする観光客で、明るいうちから身動きが取れないほど混む。地元の人間はそういう場所には行かない。では、どこで見るのか。

一つはアルターナと呼ばれる所からだ。
ヴェネツィアのアルターナは、木で作られた屋上テラスで、どこか昭和の物干し台を連想させる。が、最上階の所有者のみに建築申請の権利があり、近年は条例も厳しく、アルターナを持つのはそれなりのステイタスである。
歴史も古く、15世紀の画家ヴィットーレ・カルパッチョの絵にもたくさん描かれている。
 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

アルターナと呼ばれる屋上テラス

 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

アルターナから望むヴェネツィアの眺め

 
 
もう一つの代表的な方法は、船だ。
船を持つ者は、家族や友人たちと乗り込んで、サンマルコ近くの運河に陣取る。モーターボートや、いつもは地味に見える運搬用の船も、リボンや風船などの飾り付けがされ、祭りの気分を盛り上げる。そして空が暗くなるころには、たくさんの船たちで水上は埋め尽くされる。
日本だと夜の8時には花火を始められるが、ヴェネツィアはこの時期でも夜10時頃にようやく暗くなる。
が、打ち上げ開始は午後11時半を過ぎるので、当然それまでの時間は食べて飲んで過ごす。

この時の代表的な食べ物が、Sarde in saor(サルデ・イン・サオル)、通称「サオル」。
これは、小イワシの南蛮漬けといえるヴェネツィアの伝統料理で、昔は船乗りの保存食だったものが、今ではレデントーレに欠かせない定番だ。
 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

レデントーレ祭りの定番料理「サオル」

 
 
10センチ弱の新鮮なイワシの頭と内臓を除いて、小麦粉をまぶして揚げたものに、よく炒めた玉ねぎ、干しブドウ、松の実を、ティラミスを作る時の要領で何層にも重ねていく。

大量の玉ねぎをヒーヒー泣きながら切ると、私に夏が来る。   

これを、24時間は冷蔵庫に入れてじっと待つ。その間に玉ねぎの甘みがイワシに絡んで、さらに美味しくなった冷たいサオルをワインとともに頂く。
好みで白ワインや赤ワイン、またはビールと合わせてもいいのだが、やはりサオルにはよく冷やしたプロセッコ(ヴェネト地方の発泡性の白ワイン)が最適だ。

他にも、Bovoeti(ボヴォエティ)という料理がある。
これは、直径2センチほどの小さなカタツムリを、茹でてオリーブオイルとレモン、塩コショウ、ニンニクにプレッツェーモロというイタリアのパセリを和えて食べるシンプルなもの。
移住した夏だったか、夫が母親に電話で聞きながら作って以来、我が家の食卓には上っていない。
夫は大好きなようだが、私は忘れたフリをしている。恐る恐る食べたせいか、本当に味を思い出せない。
 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

© Redentore2017 Venezia Unica

 
 
レデントーレの教会は、街にペストの猛威が吹き荒れていた1576年に建設が決まった。
『この災難が鎮まった暁には、レデントーレ(救世主)という教会を建立します』と、第85代ドージェ(元首)が誓願をたて、ようやく終息した1577年7月の第三日曜に着工した。
最終的に、街の人口三分の一以上である5万人の命が奪われたのだが、暗い悲しみから解放された日として、その時から7月の第三週末が祭りの日となった。
 
ジュデッカ島へ架けられた仮設の橋を渡り、レデントーレへ参り、サオルを食べ、プロセッコを飲み、花火を見たら、ヴェネツィアに夏が訪れる。
そして、7月後半から8月にかけては山で過ごすのが、ヴェネツィア人スタイルだ。

レデントーレの夜、もしドローンから街を見下ろせば、ヴェネツィア中のアルターナに人々が集い、運河には定員オーバー気味に人を乗せた多くの船が見えるに違いない。祭りが最高潮に達する花火の時を待ちながら、陽気に一杯やっている人たちだ。
でもきっと、そのクライマックスを待っている時こそが、実は一番楽しい本当のお祭りなのだろう。
 

ヴェネツィアに夏が来た! ~レデントーレの熱帯夜~

© Redentore2017 Venezia Unica

 
 

Posted by 吉田 マキ

吉田 マキ

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Maki Yoshida
神戸出身。90年にイタリア、ペルージア外国人大学留学。彫刻家および弦楽器創作アーティストのイタリア人との再婚により、娘を連れて2003年よりヴェネツィア在住。夫の工房助手の他、通訳、コーディネーター、ガイドなど。