PANORAMA STORIES

パリの呼吸 Posted on 2017/07/17 エベルソルト 真理 日仏翻訳・フランス語講師 パリ

歩行者の歩くスピード、車の走る速さ、信号の色が変わるリズム、それらはきっと世界共通。どの街にもその街独特の「呼吸」があるはずだ。私は最近、今更ながらそれを体感した。離れてからこそ気づくこともある。街での息遣いもきっとそうなのだろう。

住めば都のパリだけど、時々ここでの生活についていけなくなる。小旅行をして久しぶりにパリに帰ってきたら、人混みにのまれ、車にひかれそうになり、危うく太刀打ちできない女性と言い合いになりかかった。普段は人や車を障害物として無意識にうまく回避しているのだが、まるで不協和音が生じたかのように、スムーズに目的地にたどり着けない。どうしたことか…。
 

パリの呼吸

この街では、譲り合いの精神など持ち合わせていない。人々は、目的地へとがむしゃらに進む。しかし、それにはそれなりの秩序もある。各々の視点で周りの人たちや車との距離を計算し、乱れなく一歩を踏む。信号無視は当たり前、歩道のど真ん中を我が物顔で歩く人、赤信号で戸惑うことなく横断歩道に停車する車。
そういった「障害物」を乗り越えられてこそパリジャン、と言っても過言ではないだろう。
そんな日常の戦いに疲れると、パリの住人はしばしば田舎に引っ込む。
少し田舎に引っ込んで、懲りずにパリに戻ってくる。そしてまた、日常の戦いに挑むのだ。

問題は都会の「スピード」ではなく、街往く人々の「マナー」なのでは?
 
 
ここ数年、街中でモラルを促すポスターを見かけるようになった。
メトロの管理会社RATPはメトロの路線ナンバーとジョークを取り入れながら、この様な暗黙のルールをポスターにし、大々的にキャンペーンを実施した。
 

パリの呼吸

「群れで乗車したら、下車する人たちが通れなくなって結局は乗れないよ」
 
メトロを利用すれば最低2回は乗り降りするので、その順番を守らない利用者がいると、その一瞬で疲れてしまう。
 

パリの呼吸

「行きに席を汚したら、帰りに服が汚れるよ」
 
このタイプは男性に多い。大股を開いてハンバーガーにかぶりつき、しまいにはげっぷをする。きっと美味しいのだろうが、こっちとしては臭いだけだ。
 

パリの呼吸

「86デシベルも出したら、悩み事も秘密じゃなくなるよ」
 
この類は女性によく見られる。そして一番タチが悪い。案の定、長電話なので注意はできないし勇気をもってちょっと嫌な顔をしてみると、喧嘩を売ってるのかと開き直る。「電話して何が悪いの?」と言われたら最後、何をどこからどう説明すればいいものかと考えているうちに相手が逆上する。

マナーは「常識」と解釈していたが、どうやらそう単純なものでもないらしい。個人主義が助長し共同体が乱れてしまうのは自然の流れなのかもしれない。しかし、その時点で知性を備わった人間は環境を考慮し共存していく術を習得する責任があるだろう。

例えば、信号がない横断歩道は交通ルールとして車が止まることになっているが、道路ではやはり車が王様だ。
だから、たまに車が止まり「どうぞ通ってください」という合図があると感動さえする。
「人」と「車」が一つの街で共存するには、お互いの存在に敏感に反応し、譲り合う必要があるのではないか。

パリはパリジャンの住処でもある。
美しい街ではあるが、いざ住んでみれば別の街が現れ、譲り合いの精神を忘れてしまうと命の危険さえある。
些細な事で威嚇し合う人、大声で電話している人、怒って運転をする人、はたして彼らは気遣いができなくなっている? そう叫び合う人々が街の喧騒なのか…。

皆がマナーを無視しているわけではない以上、まずは自分が変わっていくことでパリの気遣いをもっと優しく穏やかにしていきたいと思うようになった。街づくりとは、ちょっとした思いやりと自問自答によるもの。
パリはパリジャンによって、きっとこれからもっと素敵になる。
 
 

Posted by エベルソルト 真理

エベルソルト 真理

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Marie Ebersolt
日仏翻訳・フランス語講師
2012年よりピラミッド界隈の翻訳事務所・フランス語教室を拠点に活動中