JINSEI STORIES
カサブランカの旧市街(メディナ)を歩く Posted on 2017/05/14 辻 仁成 作家 パリ
カサブランカという響きにある種エキゾチックな幻想をずっと抱いてきた。
フランスがモロッコの宗主国であったことから、カサブランカに住むフランス人も多い。
フランス語が公用語のせいもある。バカンス時期になるとフランス人で溢れかえる。
もっとも多くがカサブランカ市内ではなく、コルニッシュと呼ばれる西海岸のリゾート地へ赴く。
けれども私はカサブランカの旧市街を歩いてみたかった。そこにはモロッコ王国の長い歴史と人々の交易の名残がいまだ残されている。
ムハンマド5世国際空港に降り立つと、南国の空気が私を包み込んだ。パリから直行便で3時間という近さ。
しかし、そこは欧州ではない、アフリカ大陸なのである。
メディナ(旧市街)へと向かった。
タクシーの運転手が「おすすめしないよ。どうしてもメディナに行きたいのなら、フランス人が作ったスーク(市場)がある。そっちがいいんじゃないか?」と言った。
「でも、行きたいんだ。せっかく来たんだから」
「わかった。じゃあ、俺がガードしてやる」
シカゴで働いてたが米国同時多発テロの後、仕事を失い、モロッコに帰って来たのだそうだ。信頼できるかどうかわからなかったが、なんとなく試してみることにした。
どっちみち、行くつもりだったのだ、知り合いがいた方がいい。男はアディールと名乗った。
旧市街地は細い路地が複雑に入り組んでいた。
奥へ進めば進むほど近代世界から遠ざかり、怪しい混沌が広がっていく。
近代化が進んだ世界からやってくるとここは途方もなく原始的な場所に思える。女性が少ない。
ランニング姿の男たち。アディールが私の横でボディーガードさながら威嚇した。
彼がいなければどうなっていただろう、と思う場面もあった。
「あっちへ行け。俺の客だ」アディールが数人の若い男たちを怒鳴りつけた。
理屈の通じないどんよりとした暗黒がそこを支配していた。
けれども、ここで生きる人々の、生きようとする逞しいエネルギーに圧倒される。
いろいろなものを売っている。こんなものが売れるのかと思うようなボロボロの衣類とか何かの家具の一部とか天井まで積み上げられたオリーブとか。屋台のごとき商店が軒を連ね、どこからやってくるのか物凄い数の人々がその狭い路地を埋め尽くしていた。
まさにカオス。映画のセットなんかじゃ再現できない、この世のものとは思えない混沌がそこには溢れていた。
アディールとはぐれたらひとたまりもない。さすがにたまったもんじゃない、と警戒した。
財布やカバンが危険というよりも、命そのものが奪われそうな勢いである。
小一時間、早歩きで旧市街を見学し、私たちはハッブース(フランス保護領時代にフランス人が作ったスーク)へと向かうことにした。その頃にはアディールとも打ち解けていた。彼は私を振り返り、にやっと優しい笑みを向けた。安心感がある。
「よければ少しカサブランカを案内してやろうか?」とアディールが言った。
「それもいいね」と私は答えた。
旅とは面白い。この地に来るまで私はこの男のことを一切知らなかったのだから・・・。
ハッブースは安全そうに見えた。フランス人をはじめ欧米人の姿も結構あった。
商店は整備され、警察官もいた。きちんと管理された場所なのだ。それでも客の呼び込みや、薄暗い場所はいくらでもある。アディールが私の横に張り付いた。
買いたいものがあればいい店を紹介する、とアディールは言った。どうやらそれが彼らドライバーのサイドビジネスのようである。仕方がない、持ちつ持たれつだ。アディールの知り合いの店に顔を出し、彼の顔を立てるためにちょっとしたものを買うことに。といっても数百円程度のアルガン石鹸なんかを。
「買いたくなければ無理に買わないでくれ。でも、俺が客を連れていくことでここは多少潤おう」
ドライバーはそう言った。
アディールがハッブースの路地裏を案内してくれた。観光客にとっては怖くて近づけない地区かもしれない。
でも、実際歩いてみると、驚くほどの平穏な日常が横たわっている。カサブランカの人々の生活がそこにはあった。
モロッコ人は人懐っこく、実際には優しい人たちであることがだんだんわかって来た。
すれ違った可愛らしい少女たちに笑顔を向けられた。手を振ると、彼女らは、きゃっきゃ言って騒ぎ出した。
路地にぽつんと佇む老人、ブルカを纏った女たちの目の動き、荷物を運ぶ浅黒い男たちの力強い筋肉。路地は私が暮らすパリの通りとはまるで違った匂いを、光りを、気配を、空気を、生命エネルギーを発していた。怖いという感じは消え失せていた。私は路地で立ち止まり、小説家の目で彼らを見つめることになる。
ここで生まれていたら、どのような人生を生きていたであろう。アディールと目が合った。彼がニコっと例の人懐っこい目で微笑んで見せるのだった。
アディールの妻からひっきりなしに電話がかかってきた。何か買い物を頼まれていたのかもしれない。国は違えどどこも一緒だな、と私は苦笑した。ああ、わかった。ああ、そうする、わかったから、と繰り返し頷いていた。
妻や子供たちの話を聞かせてくれた。モスクのこと、イスラム教のこと、カサブランカの人々の生活について、教えてくれた。でも、私とその男との間には決して簡単に埋めることのできない何か深い溝のようなものがあった。
それはなんだろう。経度や緯度のようなものかもしれない。お互いが生まれた場所の距離、一万キロの差かもしれない。仏教とイスラム教の差、或いはお米とクスクスの違い? しかし、私の記憶にこの男の後姿が焼き付いた。
危険なメディナの群衆の中を進むアディール。私はその背中を見失わないよう必死で歩いていた。この背中のことは一生忘れない。いい思い出になった。