「おお、マイベイビー、私の可愛いエロチカ、会いたかったよ」

風神雷神が駆け巡り、大嵐が来たような勢いでドーンと若いバーレスクダンサーたちの前に現れたのがこの人
「サタンズ・エンジェル」。

開口一番、
「知ってるかい？　LAのエロチカの家には日本風の美しいガーデンがあってね、ハスの浮いた池には鯉がいたんだよ。でも、ある晩、大狸が来て全部食っちまったんだ！　豪勢なディナーだったに違いないよ！　わっはっは」
 

かれこれ１５年前。
べガスとLAの間にある街、旧ルート６６が走る、ヘレンデール。
そこにあるバーレスク博物館（現在はラスベガスにある）で開催されたバーレスクの祭典Burlesque Hall of Fameで、私は初めて彼女と出会った。

そこで毎年、全米バーレスクダンサーコンテストが開催される。
芸を競い合うのはもちろん、新旧バーレスクダンサーたちの交流の場にもなっている。

６月の最初の週末、この田舎街は底なしの華やかさに包み込まれる。
バーレスクダンサーと言っても、２０歳代から『レジェンド』と呼ばれる８０歳代まで、その年齢層は幅広い。
往年のバーレスク・スターたちによる古き良き時代のよもやま話は面白い。
エルビスプレスリーの愛人だった人なんかもいるのだ！

そんな凄い場所に日本からいきなり参加した初心者の私。初登場であるにもかかわらず、なんとクィーンの座を掻っ攫ってしまったのだから、まず、この自分が驚いた。心の内では、自分が一番と思っていたけど！

英語さえろくに話せない私に、「バーレスクのためにここまでやって来るなんて！　あんたはなんてクレイジーなジャパニーズ・レディなの」と近寄りキスをし、強くハグしてくれたのが他でもない「サタンズ・エンジェル」であった。
 

月日は流れた。LAを離れていったいどれほどの歳月が流れたのかしら・・・

今年の３月に行われたヘルシンキのバーレスク・フェスティバルで、かのサタンズ・エンジェルと再会した。
このフェスティバルには、彼女の他に世界各地から大勢のバーレスクダンサーたちが招待されていた。
久々の再会に楽屋はキャーキャー、喜びの声で溢れかえったものだ。

サタンズ・エンジェルが登場すると、その存在だけで大拍手が起こる。
サンタナに合わせてゴージャスな紫のガウンを翻すサタンズ・エンジェル。
そして、ゴールドに輝くブラをはぎ取ると、、、（踊り子さんがつける最も小さな衣装は、乳首を隠すペイスティ、その先に通常は房状のタッセルがついていてそれを回したりするのだけど…）彼女の場合は、そのペイスティに炎をつけて、ぐるぐる回すのだ！　ぐるぐる！
 

私は幾度も彼女のステージを見て感動し、泣いた。生き様、情熱、踊り子とはこういうものだと無言で示してくれる。それは乳首で炎をぐるぐる回すということだけじゃない。その場の空気を変えてしまう力にこそ、ぐるぐる圧倒される。今、この瞬間、この限られた時間の一瞬一瞬に立つ。ここに在る。宇宙の中の小さな星の中のダストのように小さいシアターで、宇宙とつながる瞬間が存在するんだ。わかるかい？

音楽や映画と違って、バーレスクは何も残らない。でも、ビデオでは決して伝わらない凄さがそこには、その瞬間には存在しているんだ。
 

ショーの後、楽屋の片隅で腫れた足を引きずりながら姐さんが泣いていた。彼女の頬にポロポロと涙が滴り落ちる。

「エロチカ、これが私の最後のショーになるかも知れない。もうチカと会えなくなるかも」

そんなこと言わないで。私も彼女を抱きしめた。鼻の奥がキューンと痛くなり、私も泣きだしてしまう。
でも、次の瞬間にはまたいつものエンジェル姐さんに戻っている。

「ヘイ、ガールズ、あたしゃ、筋金入りよ。何年やってると思ってるのさ。あんたらはまだまだ赤ちゃん。小ちゃなことで、弱音なんて吐くもんじゃないよ！　あんたたちはみーんな、美しいのだから！」

エンジェル節が響き渡る。
御年７3歳の大姉御バーレスクダンサー、サタンズ・エンジェル姐さんは、北欧のまだ春遠いヘルシンキに熱風を巻き起こし、そこを世界中のどこよりも熱い街に変えてしまった。
うん。またきっと会える。彼女は不死身の悪魔の愛人なのだから！

‘’ Devil’s own Mistress ‘’ Satans Angel
http://www.satansangel.com