PANORAMA STORIES
London Music Life 「踊ればすべてハクナ・マタタ― 心をほどくアフリカ音楽」 Posted on 2025/04/25 鈴木 みか 会社員 ロンドン
最近、アフリカ音楽のコンサートに続けて足を運ぶ機会があった。
ひとつは、カンダ・ボンゴ・マン──コンゴ音楽のレジェンドとも言われる存在。もうひとつは、彼のステージのサポートもしていたカサイ・マサイ・バンド。ロンドンを拠点に活動する彼らは、コンゴの伝統的なリズムにモダンなアレンジを加え、観客をぐいぐいと惹き込むエネルギーにあふれていた。
アフリカ、特にコンゴの音楽は、日本にいたときはほとんど接点がなかったジャンル。でも、実際に耳にしてみると、その陽気で軽やかなリズム、美しく伸びやかなハーモニーが、すっと心に入ってきた。少しハワイアンミュージックにも似た、ゆるやかで開かれた空気を感じる。
そして何より印象的だったのは、観客の自由なノリだった。
どちらのコンサートも着席型で、カンダ・ボンゴ・マンのライブは映画館のように整然とした座席だったのに、音楽が始まるとその場には収まりきらないエネルギーが満ち始めた。立ち上がった観客が、自然とステージ脇のスペースに集まり、演奏するバンドをぐるりと囲むようにして踊り出す。
その光景は、もはや「ステージを見る」という一方向の体験ではなく、観客とミュージシャンがともに音楽を作っているような、「ライブ」という言葉がぴったりの空間。ステージと客席の境界は消え、リズムと笑顔が空間全体に広がっていく。観客の熱気が、バンドの演奏をさらに引き上げているようにも見えた。
同じリズムとメロディが何度も繰り返されるうちに、会場の空気がじわじわと熱を帯びていく。いつの間にか、座っていた人たちも体を揺らし始めていた。「踊らなきゃ損」とでも言うような雰囲気が生まれ、みんながそれぞれのペースで音に乗っていた。そこには正解もルールもなく、一緒にいることそのものが心地よかった。
カサイ・マサイ・バンドのボーカル、ニケンズ・ンコソ(Nickens Nkoso)がステージから笑いながら言った。
「今日は踊るの、無料だからね!」
そのひと言に会場が一気にほぐれ、笑いとともに、さらに自由に体が揺れていった。ライブの終盤には、彼自身がアフリカンダンスを披露し、大きな拍手と歓声が沸き起こった。そして、「ハクナ・マタタ(心配ないさ)」という曲が演奏されると、会場の盛り上がりは最高潮に達した。この曲は、ディズニー映画よりも前から東アフリカで親しまれてきたスワヒリ語の楽曲で、コンゴやケニアなどでもヒットした音楽のひとつ。会場中が手拍子しながら歌い返し、笑い、踊りながら、まるでひとつの輪のようになっていた。自分にとってただの“言葉”だった「ハクナ・マタタ」が、この夜は“生きた音楽”として響いていた。初めて聴いたはずなのに、どこか懐かしい。そんな不思議な感覚だった。
ロンドンといえば、ロックやパンクのイメージが強いかもしれない。けれどこの街には、世界中の音楽が息づいている。とくにアフリカ系の人々は、自分たちの言語や文化のルーツを大切にしながら、ロンドンという場所にその音を根づかせている。
ライブが終わったあと、バンドメンバーたちは他ジャンルの共演者にも丁寧に接し、「この場所で演奏できてとても楽しかった」と笑顔で語っていた。会場の規模にかかわらず、音楽を奏でることの喜びが、そのまま彼らの人柄や演奏に表れていた。
この街には、いくつもの「ふるさと」があると思う。アフリカ、カリブ、東欧、中東、そしてアジア──それぞれのルーツを持つ人たちが、この街で生き、音を奏でている。その多様性のなかで生まれる音楽は、遠い国の音楽なのに、どこか聞き覚えがあるようで、自然と心になじんでくる。
私自身も、日本からこの街にやってきたひとりの移民として、彼らの音楽に心を揺さぶられた。言葉がわからなくても、踊り方がわからなくても、一緒にリズムを刻むことで、ほんの少し彼らと観客の「ふるさと」に触れられた気がした。世界が揺れ動く今だからこそ、文化やルーツの違いを越えて人と人がつながる、そんな音楽の力をあらためて感じている。互いの文化を自然に受け入れ、喜び合えるような瞬間が、もっと日常に広がっていけばいいと思う。
Posted by 鈴木 みか
鈴木 みか
▷記事一覧会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。