欧州最新情報
パリ最新情報「移民問題を抱えるパリの今。移民数百人に占拠された『ゲイテ・リリック』から」 Posted on 2025/01/24 Design Stories
パリ3区、マレ地区からもほど近い「ゲイテ・リリック」は、19世紀に建てられた歴史ある劇場だ。かつてはオペラ・バレエを観劇する場として知られていたが、2011年には「デジタルアート専門のアートスポット」に生まれ変わり、パリ市民に親しまれてきた。
そんなゲイテ・リリックが、2024年12月10日から「未成年(※)」と名乗る若い亡命者グループ数百人によって占拠されるという事態が発生している。
彼らの多くはサハラ以南のアフリカ出身で、現在はフランスでの住居も滞在許可証もなく、施設内で寝泊まりをしているという。一方でゲイテ・リリック側は「真冬に彼らを路上に放り出すことはできない」とし、若者たちの強制退去を実行できずにいる。これにより複数のアートイベントが中断を余儀なくされ、現在は経営破綻の危機に直面しているとして、フランス国内で物議を醸している。
※未成年はフランスで保護対象になるため。実際は多くが成年に達していると見られている。
※ゲイテ・リリックのファサード前。移民たちの避難所なっている今(franceinfo X)
https://x.com/franceinfo/status/1880569748674453764?s=12
占拠から40日以上が経過し、数千万円規模の経済損失が見込まれているゲイテ・リリック。ところがフランスで問題視されているのは、経済損失という側面だけではないようだ。
占拠を続ける若者たちはこう訴えている。「難民としての基本的な人権、つまり宿泊施設の提供や、マイノリティとしての地位の承認を求めたい。また私たちは、パリ市議会の『偽善』を非難している。市議会は国の人種差別政策に反対だと言いながら、それに対抗する具体的な行動を一度も取っていない」
このように、フランスの移民・難民問題は、自治体や国家で責任が曖昧にされ、互いに責任を押し付け合うという現状が浮き彫りになっている。昨年開催されたパリオリンピックでも、街のイメージ向上を理由にホームレスを郊外へ移動させた事例が大きな批判を浴びた。
今回のゲイテ・リリック事件もまた、フランスが抱える「移民問題」の象徴となりつつあるのではないだろうか。国やパリ市が対応を先送りにするなか、ゲイテ・リリックでは「現状への抗議」として占拠が続いている状況だ。そしてこの「曖昧さ」「先送りの姿勢」こそが、フランスに新たな人道的悲劇をもたらすとさえ考えられている。
「右傾化する欧米諸国」と報道されるようになってしばらく経つが、フランスの人々は、この状況について実際どのように感じているのだろうか。フランスの世論調査機関、IFOPが2024年10月に発表した結果を交えながらご紹介したい。
まず調査では、82%ものフランス人が「移民問題は議論しにくいテーマだ」と感じていることが明らかになった。一見意外な結果にも思えるが、実際に現代のフランス人と接していると、この問題がいかにデリケートで扱いづらいテーマであるかがよく分かる。
というのも、フランス社会は非常に多くのルーツを持つ人々で構成されている。そのため、
見た目や出自に対して歪んだ発言をしてしまえば、「差別主義」「植民地主義」とみなされ仕事や生活にリスクが生じる。つまり移民=差別につながりやすいといった認識が、このテーマをタブー化しているのだ。
一方で、「フランスはこれ以上移民を(無差別に)受け入れるべきではない」と答えた人は全体の73%に上った。その主な理由は、「私たちの持つ価値観が違いすぎる」というもの。逆に「戦争や悲惨な状況から逃れてきた移民を受け入れることは、フランスの義務である」と答えた人は、全体の52%にとどまった。
さらに今回は、69%に及ぶフランス人が「専門職など『選択的移民』の導入を望む」と考えていることも明らかになっている。
人道的アプローチか、増え続ける移民に対して厳格な対応を求めるか。どちらが「正義」なのかは誰にも断言できない。しかしこの二つの立場の対立が、現在のフランス社会で深まっているのは間違いない。「フランスが嫌なら帰れ!」という短絡的な意見では片付けられない、複雑な歴史的背景も存在している。
このたびはゲイテ・リリック側もパリ市と毎日のように協議しているが、350人におよぶ若者の居場所はまだ決まっていないという。彼らの訴えは今も続いており、1月29日にはゲイテ・リリックを出発するデモが計画されている。(オ)