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フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」 Posted on 2024/10/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくの最新小説(最後の長編小説)の出版は、思えば、2021年、1月20日に出した「十年後の恋」になるのかな~。
まだ、コロナ禍が完全に終わったわけではない時期の出版だった。
あれは、もしかするとラブストーリーになるのだろうか?
秋のパリを歩いていたら、ふと、一場面を、思い出してしまった。
恋でもしたいのだろうか?
あはは。
若い頃は、愛と恋の違いのようなものを、たくさん、文章にしてきたけれど、ま、今は、もうどうでもいいかな。
絵になるカップルの後ろ姿を見つけたので、作家の空想力に火がともってしまう。
この二人の愛の行方は、どうなるのだろう?
作家先生、あなたは、この二人をどうしたい?
さ、どうしようか?
なんとなく、この二人はまだ、親密じゃないかもね。
距離をはかって歩いているし、でも、まもなく、近づく予感さえ、ある。
男と女って、ある時に、ふと、つながることがあるよね?
たとえば、視線があって、絡まって、恋がはじまるような・・・。
ぼくからすると、ちょっと懐かしい、感じだ。
もう、老けすぎてしまったぼくには、恋は速度がありすぎて、こうやって、そんな時代を懐かしく眺めているくらいで、・・・ちょうどいい。
どこまでその愛が進むのか、想像しては、ふふふ、とほほ笑んでいる。
ぼくは小説の中で、愛の物語の美しい結晶をえがければ、それが幸せ。
作家だからね、空想で、お腹がいっぱいになるんだよ。

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」



小説を書く時、いろいろな書き方があるけれど、ぼくは、ぼく自身を主人公の一部にして描くことが、かつては、多かったかな。
でも、客観性が大事だから、完全な自分にはしない。
やや、自分の経験も交えながら、むしろ、ぼくではない、ぼくをそこに生かそうと試みる。
ぼくじゃない、ぼくは、いったい、どういう物語を生きるだろうと、目の前の二人を眺めながら、想像したりする。
ここは、パリだ。
いちいち、絵になる世界で、あの二人は、どういう人生を生きている?
なんだろうね。想像してごらん。
この微妙な距離感、そして、ファッションのセンス、素晴らしい二人だけれど、まだ、恋さえも始まっていないような感じがしない? なぜ?
なのに、ここまで絵になる二人って、なかなかいないし、世の中、こんなフォトジェニックなカップルがいたら、嫉妬しかないし、やたら、反則すぎない?
だから、ぼくは、きっと、悲劇にしちゃうだろうな。
ハッピーエンドにはならないんだ。
ひどいって、でも、あなたも、そう思うでしょ?
これが、ただのハッピーエンドだったら、誰も読まないよ、そんな小説。
長い年月をかけて、この二人の人生は、思いもよらない出来事に翻弄され、信じられないような世界の前で躓き、しかし、それでも彼らは、そこを乗り越えようと、がんばって、生き続ける。
ハッピーエンドではないかもしれないけれど、何か、かすかな希望が見えたりする、あのね、そういうラストを、イメージしてみようかな。

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」



ぼくは、小説家でよかった、と思うことがある。
最近は、あまりメディアに出ないけれど、仕事も減らしているけれど、また、小説を書けば、手に取ってくださる読者がいることを、知っている。
小説を待ち続けてくださっている人がいる、と、確信している。なんでだろう?
ま、それは、みんな、物語に飢えているからだよ。
だから、いつでも書けるよ、と編集者さんには嘯いている。
ただ、書かないだけ。
そんなにばんばん出版されても、困るでしょ?
ぼくは、ぼくの中の登場人物たちが、ある時、動き出すのを待っている。
きっと、すごくぼくらしい小説が生まれると思うよ。
その登場人物が、この写真の二人のような男女で、そして、降り注ぐ光の中で、彼らは、大切なひとこと、あるいは、少し長い、やりとりをはじめる。
そして、物語は、ようやく、動きだす。
ぼくの口許が緩み、指先が、ノートパソコンのキーボードをタップする。
「これから、どうなるの?」
「どうなる? どうにでもなるでしょ」
「そうかな。じゃあ、ぼくらはこれから、どこへ行く?」
「とりあえず、あの教会の方まで行ってみる?」
「うん。時間はあるし」
「ええ、今は時間がある。でも、そのうち、時間は奪われていく」
「確かに」
「だから、そこにたどり着く前に、決めておきましょう」
「いいね」

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」

フランスごはん日記「ラブストーリーから遠く離れて、恋する季節に」

「聞いてもいい? あなたは、今、この瞬間、私のこと、どう思っているの?」
「それは、すごい不意打ちだ。ええと、大切なことは、焦っちゃいけない、と思っている」
「なるほど、そうね、奪われていく時間の中で」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
こういう風に、小説は生まれてくるんですよ。たぶん、来年か、再来年、また、世界がゆっくりと傾斜しはじめる頃に、この登場人物たちが、悲劇の淵から、歩き出すところを、ぼくは掬いとるように、タイプしていくんです。ハッピーエンドにするのか、どうか、ぼくは微笑みながら、彼らが辿る道の先を見つめて、キーボードをたたき続けるってわけです。じゃあね。

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