JINSEI STORIES
滞仏日記「お墓参りの後、トマの実家で、ロワール地方の郷土料理をいただきました」 Posted on 2024/08/22 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、トマの奥さん、Mさんが亡くなり、そのお墓参りに行った後、トマのご両親が、集まった在仏日本人家族13人をご自宅に招いて、お食事をふるまってくださったのだった。
そんなことしなくても、とみんな、思ったのだが、そうしたいのだ、わざわざ、ここまで来てくれた皆さんをどうしてももてなしたいのだ、というのだ。
それで、彼らが、落ち着くのであれば、みんなで、Mさんのことを語ろうよ、ということになったのである。
泣きはらしたMさんの友人たちの心を、お母さんが作った郷土料理と、トマが選んだロワール地方のワインが、癒した。
トマの実家は、トゥール市の中心地の庶民的な住宅地にあり、道路に面した建物の中に入ると、そこには、静かな時間流れる別世界が広がっていた。
奥に、竹林がった。
トゥールの家は表側はびっしりとくっついた寄り合い所帯のようだが、中に入ると必ず庭がある。その庭は隣や反対側の家の庭とつながっているので、一区画の中心はほぼほぼ、広い庭の空域になっている。
つまり、庭を囲むかたちで、家々が回廊のように、道沿いを埋めている、という感じなのだ。
パリとは異なる、風の抜ける、静かで穏やかなフランスの田舎の家であった。
ジャルダン(庭)には、楓、松、竹が植えられ、日本式空間が広がっており、癒された。
40年も前に、ご両親はここに、竹林の庭を作ったのだ。
Mさんはここに移り住んで、亡くなるまでの2週間、美しい光と、彼らの愛と看護を受け、竹林を見ながら、祖国日本を思っていたのではないだろうか?
さて、ぼくを含める13人のゲストたちは、庭に置かれたテーブルを囲んで、故人を思いながら、和やかなお別れ会の席を温めることになった。
トマも、お父さんのジェラールも、お母さんのヴェロニクも、パリからやってきた、Mさんの友人家族たちを、心優しく出迎えてくださった。
ヴェロニクが作ったロワール地方の郷土料理がとっても美味しかったので、ご紹介したい。
トマは、ぼくの日記でもしばしば、登場をする15区のワイン屋さんのオーナーだ。小さな小さなワイン屋さんだけれど、センスがよく、ぼくはここでワインを買う。
センスのいい缶詰や、おつまみも売っている。
トマとジェラールがぼくに地下室のワインカーブを見せてくれた。仲良しの二人。ジェラールは75歳だが、ぼくはすっかり友だちになってしまった。
そして、今日は、ロワール地方のワインを、ふるまってくださった。
リヨン(RILLONS)と呼ばれる、この、豚の三枚肉で作られたシンプルな料理は、もっとも有名なロワール地方の郷土料理になる。
豚の角煮のようなものだが、ワインで煮込んでおり、豚の角煮のようなとろとろ感はなく、歯ごたえが逆にしっかりとしており、弾力と、ワインがしみ込んだ肉のうまみが見事な一皿であった。
郷土料理なので、シンプルで、毎日でも食べたくなるようなお惣菜でもあった。
豚肉のリエットである。
こちらも、しつこくなく、脂っこくない、いくらでも食べられそうなシンプルな味わいだった。たぶん、他のフランスの田舎料理より、あっさりしているのが、ロワール地方の特徴かもしれない。
上が、ヴェロニクさんのレシピによるポテトサラダなのだけれど、小さくカットしたセロリが、ものすごいポイントになっていて、美味しかった。ポテト、エメンタールチーズ、セロリ、やってみてね。ぼくもこの食材の組み合わせで、美味しかったので、ちょっとレシピ考えてみますね!
アンドゥイエットのパテオンクルートだけれど、内臓のソーセージみたいなもので、これは、日本人は苦手かもしれないが、フランス人はこの臭みがたまらく好きなのだという。日本で言うと、もつ、をソーセージにしたようなもの、をさらにパテにしちゃった一品である。
小ぶりに作られているので、アペリティフ用に最適であった。
ロワール地方で出来る、上がヤギのチーズ、下が、牛のチーズだ。実はこういうチーズプレートが3皿くらい出されたのだけれど、(さすが、フランス)ロワール地方のチーズは、濃厚過ぎず、シンプルで、素朴なものが多い印象であった。さすがに、食べきれなかった!
一番驚いたのは、タルト・ヴィニュロンヌ、という名前の、このアップルパイだが、厚さというか、薄さ、一センチ程度の超薄型のアップルパイで、ぎゅっと凝縮されていて、これは、日本で販売したら、大ヒット間違いなしの、美味しさとアイデアだった。在仏歴23年だけれど、初めて食べた、日本人の友だちが数人いたが、彼女らも、食べたことがなかったし、そのフランス人の夫たちでさえも、はじめて食べた、と驚いていた。フランスは広いね。
でも、トゥールで「アップルパイ」というとこれを指すらしい。ボルドーのカヌレが日本でも大ヒットしたが、次はこれがヒットしてもおかしくない。フランスの田舎料理の中には、まだまだ、未知で、うまいものがたくさんある。
トマが、Mさんと結婚した時に飲んだという記念のワインボトル(もちろん、中身は空)をぼくに見せてくれた
。思い出話をされると、どう反応していいのか、わからなかった。
でも、ぼくらをもてなしてくれた、トマと彼のご両親のやさしさに、こういうフランス人がたくさんいるのだ、と思うことが出来て、ぼくは心が和んだし、感動していた。
トマのこれからのこと、残した犬のうめちゃんのこと、家族のこと、Mさんは空の上から、見守っているような気がした。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
明日から、ノルマンディに移動をし、しばらく、三四郎と海辺で過ごす予定です。少し、ぼくも心を整理したいと思います。
はいちょっと、お知らせ。
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