JINSEI STORIES

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」 Posted on 2024/08/20   

某月某日、パリでの個展が10月4日からマレ地区の画廊で開催される。
東京での個展の興奮さめやらぬ、今、ぼくは、パリでの個展の準備におわれている。おお、ひと月半後に迫っているではないか。
ほぼ、作品は描き上げて日本へと旅立ったが、戻って来て、展示を決めている、事務所にずらっと並んだ作品を見つめていると、あれ、何かが、足りない、と気が付いてしまった。
あれほど、自信満々だった作品群だが、何かが、足りない。なんだ!?
東京の個展は大盛況に終わり、アート雑誌「芸術新潮」でも特集が組まれ、その編集部の皆さんもかけつけてくださり、何より、入りきれない方々にお越しいただき、ま、自分が想像していたよりうんといい結果を残すが出来た。
来年の個展の開催も決まって(発表はもう少しお待ちください)、大きな手ごたえを抱えての帰仏だったが、アトリエに並んだ、絵を眺めているうちに、この布陣でいいのだろうか、と逡巡してしまった。
「見えないものたち」(Les Invisible)というぼくのシリーズの集大成として、作品を選んだはずだが、もう一つ、決定的な何かが、足りない。
サッカーの代表チームのメンバーを決める監督のような気持ちと言える。
核になるのは、仏陀の立像絵である。
東京に出品したノルマンディやパリの絵よりも、うんと、力強い作品がずらりと並ぶのだけれど、何かが、もう一つ、ほしい、と思ったぼくは、買ってきたカンバスをアトリエに並べ、あと、45日なのに、もう一枚、大きな絵を描こうとしているのだった。
油絵具は、完全に乾くまでに一年の歳月がかかる。
なんとなく、表面が乾くのにだって、最低でも、(とくにぼくの作品は厚塗りなので)、半年はかかってしまう。
到底、乾ききらない可能性があったが、でも、描かずにはおれないのであった。
念じるように、祈るように、即身仏にでもなった気持ちで、カンバスと向き合った。手ごたえはあった。
それは、この戦争の時代だからこそ、描きたい作品でもあった。

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」

※ これらの作品は、過去作品になります。あくまでも、イメージですね。笑。

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」



東京ももちろん大事だが、23年も暮らしてきたここパリでやはり、納得のできる個展を開催しなければならない。
この決意は、並々ならぬものであった。
マレ地区にある画廊は、国立・フランス文化センターのフローリアン・メトラル教授の紹介で、決まった。
そして、彼がぼくの個展のスペシャル・キュレーターを買って出てくれたのである。
まずは、彼や画廊の連中を驚かせたい。
それはいったいなんだろう?
そもそも、ぼくはなぜ絵にここまでのめり込んでしまったのだろう。
1999年、ぼくは小説「白仏」で、フランスの文学賞を受賞した。その時に、描いていた一つのスケッチがある。
白い仏の、普段スケッチを描かないぼくにしては珍しい、絵のメモといったものだ。
そのスケッチは紛失したが、頭の中に、明滅する仏陀の姿が残った。
友人のブリュノは、宗教を否定するわけじゃないが、フランスで絵に信仰心を持ち込むのはよくない、と言った。なるほど。
「いやいや、ブリュノ、ぼくはそもそも信仰がないんだよ。この仏陀は、仏教から生まれたものじゃない。ぼくの日本人としての内面から生まれたものなんだ」
この説明が難しかった。
ノルマンディやパリで生きるぼくだが、ぼくの皮膚を白く変えるつもりはない。
ぼくは、どこで生きていようと、日本が祖国で、そこから生まれるイメージと、欧州で生きる今のぼくの感性が折り重なるものを描いているのである。
だから、ノルマンディに不意に仏陀が出現もする。
「ブリュノ、理屈じゃないんだよ。見た人が何を感じるかだけが、ぼくには大切なんだ。何かを感じさせる、ものが、ぼくに描かせるんだよ。とにかく、描きたいんだ」

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」



今日は、朝の6時から画布に向かった。
果たして、自分が納得できる個展が開催できるのか、これは久しぶりに、存在をかけたぼくの表現者としての闘いということになる。
頭の中で、ものすごい数の回線がつながり、脳の森の奥深くで、明滅を繰り返している。
小説にのめり込んでいた30代、40代の頃の自分以上に、ぼくは集中をしている。
小説家だったぼくが、その理屈や哲学を一度、放棄して、感性だけに促されて、カンバスに叩きつけるカラーズたちが、そこにどのような線や点を結ぶのか、今は、その見えないものたちに引っ張られている。
ところで、10月4日は、ぼくの65歳の誕生日ということになる。
この日は、ぼくが選んだわけじゃない。画廊主のロランが、
「10月4日から、やろう。12日までだ」
といきなり、宣言し、会期を決めたのである。
65歳なんて、もう、引退しなきゃならない年齢なのに、ぼくは、今、過去最高に、燃え上がっているのだから、笑える。
指先から放射されるエネルギーが、カンバスに不思議な絵柄を刻み込んでいく。
燃え尽きてやりたい。燃やしてほしい。
この個展で、人々を、興奮させてやりたい、と思うのである。
全細胞が、とにかく、クレイジーに画布と向き合っている。

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」

※ 今回のポスターの図柄です。まだ、デザインの途中ですが、どうぞ!

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、10月4日から、マレ地区の画廊で、ぼくの個展が開催されます。それが終わったら、夏休みをとろうと思っていますが、その時にならないとわかりません。燃え尽きた辻仁成の宇宙をぜひ、お近くにいるみなさん、観に来てくださいねー。

自分流×帝京大学

滞仏日記「あと、45日! パリの初個展で、ぼくが表現したい世界とは!?」

※ 下の動画は、創作風景やで。☟

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