JINSEI STORIES
滞仏日記「今世界がどう動いているか、365日、休みなく監視してる男がやってきた」 Posted on 2024/07/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ぼくは初心者なので、あまりよく知らないが、個展にはベルニサージュと呼ばれる(仏語ですね)、内覧会、うちうちのオープンパーティと呼ばれるものがあって、映画だと、試写会みたいなもの?
ま、ぼくの場合、絵の世界に関係者がいないので、パーティと呼べるものではないけれど・・・。
父ちゃんはボルドーワイン大使ということもあって、笑、今回はボルドーワイン協会が紅白のワインを提供してくださった、めでたい。
ワインと絵画というのが、実に似合う、絵になるのであーる。(こっそり、味見をしてしまう、父ちゃんなのだった。わ、美味しい。あはは。大使自らの宣伝です!)
それにしても、作品が新生堂の各会場に綺麗に展示されており、伊勢丹アートギャラリーの時にも感じたが、感動的であった。(今回も前回と全く同じ、38作品の展示。1作品だけ、1995年に描かれた、少し古い非売品の作品もあります)
照明が実にいい感じで、作品を照らし出しており、お化粧を済ませた娘たちが、すまして、来賓を待っているようで、お父ちゃん的には、涙が出そうになるのだった。
この照明ひとつひとつにも、画廊側のなみなみならぬご苦労があり、角度を細かく計算して、絵が一番美しい形で来客者たちの目に映るよう、配慮されている。
時間となり、次々にゲストたちがやって来た。
絵の世界の人だから、音楽業界や文学業界とは雰囲気が違う、あはは、知らない方ばかり。グラス片手に、一人一人にご挨拶をし、質問を受けたり、創作の苦労話などをしたり、ま、先に述べた通り、映画でいう完成披露試写会のような感じであろうか。
「ええ、どうも、辻仁成でございます。この度は、お暑い中、ありがとうございます」
みたいな、かしこまった父ちゃんなのだった。えへへ。
その中に、シンガポールからやって来た、古い友だちのデル男がいた。彼はオーストラリア人で、昔からの仲間・・・。
時々、思わぬタイミングでぼくの物語に登場することもあったが、何をしている人か良く知らなかった。
でも、一緒に沖縄の音楽を聴きに行ったり、パリでご飯食べたりした仲であった。
いつ絵を描いていたの、とデル男は驚いていた。
はじめて知ったのだけれど、この男、投資家だった。
東京とシンガポールと香港に会社があり、世界中の企業に投資をしている。
知り合った時、デル男は30歳くらいだった、と思う。
泡盛を飲み過ぎて一緒に酔いつぶれたり、彼と彼の当時のGFさんに食事を作ってあげたり、ぼくのライブを観に来てくれたり、そういう仲だった。
でも、今や55歳、押しも押される大投資家なのだ、ということが判明した。
ベルニサージュのあと、二人で、知り合いの寿司屋に行った。
「投資家って、何をするの?」
「ま、世界を毎日、監視している」
「なにそれ、面白そう」
「今世界がどういう風に動いているか、365日、休みなく監視して、のびそうな企業に投資をするんだ。それを幾つもやっている。成長しそうな企業を見つけて、社長さんらとあって、経営方針を確認して、そこに投資」
「なるほど、すごいね。でも、ダメな時もあるでしょ?」
「ある。でも、長期的な視野で見て投資しているから、ダメだからといってぼくはすぐに手をひかない。かなりの投資をしているから、一つくらいダメでも、そこは大きな問題じゃない。全体で利益をだしていく」
「へー、映画みたい。デル男は最初から投資家なの?」
「最初は、アナリストだった。でも、そういうのも全部含め、大きな意味での投資家になったんだよ」
「そごいな」
怖くて、資産とか聞けなかった。
「あの、やっぱ、25年経つと、人間みんな見違えるようになるね。デル男が大きく見えるよ」
「あはは、あのさ、辻さんって、ぜんぜん、変わらないよね。ぼくより年上なのに、めっちゃ、若いままだ。どうなってんの?」
「成長がない?」
「あはは」
「ねー、投資家で成功するコツはなに?」
「コツは、休むことなく、毎日、すみずみ、世界を監視すること。好奇心を世界に対して持ち続けること。本当に、休まないよ。1日中、世界中の経済、社会、政治、戦争、自然災害、ありとあらゆることを調べ、動きを掴んで、どういう職種が伸びるか、落ちるか、どこの国がいいか、悪いか、見極めているのさ」
「面白い。いいな、それ」
「あはは、面白いけれど、大変だよ」
「だよね。ところで日本は円安だけれど、ダメになるの?」
「ぼくはそうは思わないよ。日本人は真面目だし、特別な力を持っている。少子化でも、何か対応していくような気がする」
へー、なんか、明るいメッセージだ。嬉しくなった。
※ お寿司、最高でした。笑。
「デル男、俺に投資してよ」
酔っぱらったので、言ってみた。
「うん、辻さんはユニークな存在だから、投資したい。っていうか、ぼくが経営するホテルの壁に絵を描いてくれないか?」
「えええ、ホテルもやってるの? いいよ。喜んで。どこにあるの?」
「どこにでもあるよ」
あはは。投資家なのに、彼はプライベートホテルをあちこちで展開していた。
「すごいね、世界中でホテル?」
「あ、でも、これは遊び。好きだから、やってるんだ。あくまでもぼくは投資家なんだよ」
面白い再会であった。
なぜか、まだまだ世界は可能性があるんじゃないか、と思わさせられた。
「次は、どこで、会う?」
「デル男、よければノルマンディのぼくの家に来ないか? 美味しい食事をつくってやるから」
「いいね、そうしよう」
ぼくらは、握手をして、わかれたのだった。
彼が宿泊するリッツ(個展を観るために一泊二日でシンガポールから、リッツに!}に送ってから、ぼくはビジネス街のサービスアパートメントへと戻ったのでした~。楽しかった!
あはは。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
いよいよ、20日から個展がスタートしますが、入場された方は順路に沿って、移動してください。逆方向に戻ることが出来ませんのでご注意ください。一階、地階、中地階の三つのエリアで展示されています。気になる作品がある場合、時間内であればまた入り口から再入場できますので、スタッフに言ってください。ぼくが長年描き続けてきたパリの風景をご堪能くださいませ~。