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滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」 Posted on 2024/06/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日も地下鉄でオデオンまで出かけ、昼の12時から、あいつと呑んだ。
来週から、もうライブ週間に突入する。
ボルドー、パリ、リヨンと続くフランスツアーが終わったら、その足で、日本に行き、引退公演ツアーが、8月7日の大阪まで、待ち受けている。怒涛の夏だ!
「今日を最後に、禁酒します!」
ということで、画廊街のオデオン地区のカフェ、パレットで悪友、呑もちゃんこと野本と待ち合わせた。
ここは、サンジェルマン・デ・プレの少し先、オデオン地区の中心地、・・・画家や作家がよく集っていたという歴史的なカフェ、パレットだ。
壁に、画家が使っていたパレットがたくさん展示されている。
「そろそろ、パリのライブやろ。俺は何をしたらええの?」
「あ、じゃあ、よければ、お弁当、頼むわ」
「あ、ええよ。何人前?」
「ええと、スタッフ、メンバーで10人かな」
「OK」
やった。持つべきものは悪友であーる。
「じゃあ、ツアーの成功を祝って、前祝いと行くか」
「ちょっと、腹も減ってる。なんか、つまみも頼んでくれ」
と父ちゃんがねだると、野本が仲良しのギャルソンに、
「クロック・アペロ、ひとつ」
と注文した。
「ウイ、ムッシュ」
ク、クロック・アペロ? なんだそれ、訊いたことがない。
「あゝ、だから、クロックムッシュなんだけれど、ほら、ちょっと飲みのアテに、食べやすく、包丁を入れて9等分し、爪楊枝さして、出てくる。アペロにばっちりなサンドイッチということで、クロック・アペロ」
「ほー、かっこええな」
「そうか」
「さすがやな」
「なんも出んぞ」
ということで、御覧あれ、これが、パリのカフェで食べられる「クロック・アペロ」なのであーる・ぱちーの。

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」



還暦を過ぎたおやじが二人、画廊街で、泡を昼間から舐めている姿は、なんだか、笑えるのである。
お互いの写真をとりあったりして(巨匠撮影ごっこ)、遊んだ。あはは、きもい。笑。
爪楊枝がささった、クロック・アペロを頬張りながら、長閑な時間を過ごした。
「で、どうなん? もうかっとっとか」
「それがな、儲かってる」
「おお、景気のいい話じゃのー」
「あの、ほら、オリンピックの期間は、弁当も出す」
「いいね。売れそうだね」
「儲ける時に、儲けてやる。あ、あ、あのな、ひとなり。社会の悪口ばかり言って、その、ほら、社会のせいにして、なんもしなければ、悪口しか出ん。あ、ほら、でも、俺は頑張る。みんなが休んでいる時に、がんがん、働いて、稼ぐ。社会が悪いんじゃない、誰のせいにもせん、俺は足で、動く」
「ええな。さすが、高知県出身、野本じゃ」
「おーよ、倒れるまで、俺は働く。俺に引退はない」
「う、お前、引退ライブを控えている俺への批判か!?」
「あはは。ひとなり。お前が、やめる? 引退? それは何か意味があって、やめるだけやろ、音楽をやめることなんか、あるわけがないわな、きっと。でも、そこまで言い切るなら、やめたれ。お前が終わるわけやないやろ」
するどい。
「あはは」
「あはは」
「呑もか?」
「もう一軒、行くか? ここは俺が払う」と野本が、カードを取り出して、手裏剣のように投げておったー。しゅるしゅるしゅるー。

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」



二軒目はイタリアンだった。
泡をもう一本、頼んだ。今度は父ちゃんが払う版なので、安い泡を、野本が頼んでいた。そういうところが、やさしい。
オデオン駅の近くのイタリア居酒屋で、昼間から盛大に飲んだ二人だった。
不謹慎といえば、昼間から、不謹慎な話だが、俺たちはみんなが寝ている間、18時間くらいは仕事をしている。
そういう二人が飲める時間は、みんなが働いている時間なのである。
誰もいない時間に、呑む方が、酒に飲まれない、ということだった。
すると、新聞売りが入って来た。
腕にいっぱい新聞を抱えている、何度か見たことがあった、この界隈では名物人間なのだ。アリさん、という。
「やあ、のもっちゃん。元気か」
「おお、アリさん、元気だよ。紹介する、ひとなりだ。小説も書くんだ」
ぼくらは仲良くなった。
ぼくが22年もこのパリで頑張ってる、と伝えると、彼がいきなり、一冊の本を取り出した。なんと、自伝であった。
彼は休まず新聞売りをしている。
オデオンを歩けば、いつだって、目撃できる。自転車に乗って、新聞を抱えて、カフェにいる人たちに売り歩いている男だ。
「これを、ひとなりさん、あなたにあげる」
「え、いいよ。買いますよ」
20ユーロという金額がついていたが、アリさんは、お金を受け取らなかった。
「読んでほしい。あんた作家なんだろ。読んでくれ」
う、読めない。
でも、読まないとならない気がした。この人は活字が大好きなのだ。そして、書き続けている。三冊も本を出版しているというのだ、ガッツが凄い。
作家になっても、ずっと、新聞売りを続けている。ひゃあ、すごい人じゃないか。

滞仏日記「クロック・アペロという、ある意味、絶対おいしいカフェ飯とは!?」

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※ 引退ライブの動画です!!!

「感動した。頭が下がります」
「ぼくもあなたに会えて、感動した」
ぼくらは握手をした。そして、新聞売りの作家は、颯爽と出ていった。
「いいのかな」
「いいんだよ。ほら、あれ、たぶん、ひとなりを見て、作家の心に火がついたんだ。眺めてやってくれよ。いいやつだから」
こんな出会いがある、サンジェルマン・デ・プレ界隈、オデオン地区の素晴らしいところかもしれない。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、よく呑んだのですが、呑んだあと、すぐに二人は仕事に向かいました。野本はあれでも実は写真家なのです。高知県立美術館で個展もやったことがあるし、日動画廊でも展示されたことがあるし、パリの写真コンテストで銀賞を受賞しているんです。店が落ち着いたら、老後は、写真家に戻る、ということでした。人生は、誰のものか、というおはなしでしたね。さ、今日の創作、開始します。泡のような人生ですが、泡にも根性があります。

はい、ということで、フランス・ライブ・ツアーが近い父ちゃんから、お知らせです。
今月の地球カレッジ、6月27日、ボルドー市内オンラインツアーをやります。なんか、ボルドーで美味しいもの、探しましょうね。
ボルドー市内を練り歩く、父ちゃんガイドは、こちら。

https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/329477
そして、地球カレッジ、7月12日、第二回、エッセイ教室もあります。もう少し、文章で人生を豊かにしたい皆さま、どうぞ~。

https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/329479

さて、さて、ボルドーに続き、そのあとは、パリに行きます。
●6月30日、パリ、Le Zebre チケットはこちらから、どうぞ!
☟☟☟
https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-paris-concert-le-zebre-30-juin-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301135.html

7月3日、リヨン、La Marquise
チケットはこちらから、どうぞ!
☟☟☟
https://billetterie.seetickets.fr/tsuji-in-lyon-concert-la-marquise-peniche-03-juillet-2024-css5-envolproduction-pg101-ri10301835.html

それから、来月は、いよいよ、日本での引退公演ファイナルツアーがスタートします。音楽興行の世界から、引退します。
父ちゃんのジャパン・引退・ファイナル・ツアー・・・。
7月30,31,8月5日、有楽町、ヒューリックホール。
8月7日、人生最大の千秋楽、大阪フェスティバルホール
と、なります。
お時間があれば、どうぞ、お立ちよりくださいませ~。最高のライブにしましょうね!!!!

その他の情報~。

●7月20日から7月28日まで青山・新生堂画廊にて、個展!
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(ライブは、だいたい、9月25,26日のどちらかになります。作家としての登壇も予定しています)

あと、ツジビル・ラジオを、月に3回やっています。
皆さんのお悩み相談にこたえたり、一緒に考えたり、時事ネタもありーの、歌はないけれど、笑、お笑いもあって、楽しいひと時になることうけあいです。ラジオ好きな皆さん、どうぞ、ご参加くださいませ。
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