西ロンドンにある街、ハマースミス。テムズ川のほとりに建つリバーサイドスタジオは、かつてBBCの収録スタジオとして使用されていた歴史的な施設だ。ここではドラマ「ドクター・フー」や音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」の撮影も行われていた。2003年にはデビッド・ボウイがここでのライブを全世界へ衛星生配信したことでも知られている。
リノベーションを経て現代的なカルチャーセンターとなった今は、毎日様々なイベントが開催される劇場、映画館、ライブ会場に加え、ヨガ教室や週末のマーケットもあり、地元の人々にも愛され賑わっている。
 

 
ここのホールで毎月1〜2回「アモーレ: ジャズ&ワールドミュージックナイト」というコンサートを主催しているのが、ベルギー出身のヘンリーさんだ。明るく陽気な性格のヘンリーさんの周りには、いつも多くの人が集まる。彼が開催するイベントには、アフリカ、アジア、中東、欧州など様々な国からミュージシャンが参加する。時には、普段はクルーズ船で演奏しているハープ奏者の生演奏を間近で聴けることもある。このイベントの良いところは、座って落ち着いて音楽を楽しむことができる一方で、ジャズクラブのように高い飲み物のオーダーも必要なく敷居が低いことだ。

20代から80代くらいまでの幅広い年齢層の観客は、好奇心に満ちていて、ジャズやワールドミュージックが入ったお楽しみ袋を買っているという感じにも見える。出演者に関する先入観なく楽しんでいる人も多く、オープンでリラックスした雰囲気だ。
演奏後には、気に入ったミュージシャンに「ありがとう」「とても素晴らしかった」と声をかける人も多く、私も見習ってそうしている。言霊というか、ポジティブな言葉をかけると、言った方も言われた方も前向きで幸せな気持ちになるのだ。難しい表現は必要なく、ちょっとした言葉を交わすだけで観客とミュージシャンとのつながりが生まれる。
 

 
大小様々なエンターテインメントが毎日行われているロンドンでは、100人弱規模のイベントでも集客は容易ではない。音楽ライブだけでなく、ミュージカル、演劇、ダンス、映画など、競合が無数にあるのだ。それに加え、突然地下鉄が止まった、雨が降ってきた、など、外出をやめる理由も山ほどある。それでも、ヘンリーさんがオーガナイズするイベントは、不思議なくらいにいつも多くの人で賑わっている。気軽に参加できる雰囲気と、様々な国から集まる才能あるミュージシャンたちが、このイベントの魅力を高めているのは間違いない。
 

 
ヘンリーさんは普段は西ロンドンの大学で働いている。多くの小規模ライブオーガナイザーは生計を立てるためにも他の仕事をしているが、彼らにとってイベントのオーガナイズは「副業」というよりも、情熱を持って行っている活動だ。素晴らしいミュージシャンと観客をつなげたい、支払いのある活動の場を作りサポートしたい、という思いが、伝わってくる。彼らのおかげで、ミュージシャンは新しい観客と、観客は新たな音楽と出会う機会を得ることができる。音楽を愛する人々が支え合い、個性的で楽しい場を作り出しているのは、ロンドンならではの光景とも言えるだろう。

イベントの最後にヘンリーさんは、出演者に加え、ドアのチケット係を含めたスタッフ一人ひとりの名前を呼んで、みんなに拍手を求める。彼の明るさと愛に溢れる人柄が、会場をとてつもなくポジティブな雰囲気にして、さらなる仲間とサポーターを引き寄せるのだ。
 

 
先週末のイベントでは、ブラジル音楽を演奏するMario Bakunaがメインアクトだった。少し夏らしくなってきたロンドンの夜にぴったりの演奏に感動して、撤収をしている彼らに声をかけに行った。「ありがとう、とても楽しかったです」と言いかけたとたん、Marioさんが、強いハグを返してくれた。また機会があれば彼のライブに行ってみたくなった。たった数十秒のコミュニケーションから、お互いの時間がさらに明るく楽しい思い出となる。まさにアモーレ（愛）！の輪なのだ。