PANORAMA STORIES
フランスの田舎で暮らす:陰気をふき飛ばす小さな命 Posted on 2024/05/28 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
5月某日。ボジョレー地方では、ブドウの木がいっせいに芽吹きはじめました。
見渡す限り新緑がキラキラと輝き、春らしい風景が広がっています。
(写真1)自宅前の朝の風景(5月初旬)
5月はフランス人にとって、とても心が弾む月。
それは天候が良く、しかも1年で最も祝日が多い月だからです。
今年は1、8、9、20日が休日となり、多くのフランス人はヴァカンスに出かけました。職場によっては、祝日に合わせて有給を取ることを勧める会社もあるほどです。
屋外で食事をとる機会が増えるのも、ちょうどこの頃。
夜9時ごろに夕焼けに染まる空を眺めながら、友人や家族とワイングラスを片手に語り合う時間が多くなります。
(写真2)雨上がりの夕方。お隣さんちでアペリティフをいただいた帰り道。
しかし、今年は、ちょっと様子が違います。
雨がとても多く、肌寒い日が続いていて、ちっとも5月らしくありません。
ブドウの木にとって、今は新芽が延びる大切な時期。
寒かったり湿気が多かったりすると、新葉が萎れ、病気の原因になります。
すでにフランス各地では被害が出始めており、ワイン農家を悩ませています。
「今日も雨だ。今年の天候は本当にひどいもんだ・・・。」
「シャブリ地方で雹が降って、6割のブドウをダメになったらしい。」
「プロバンス地方で、氷点下になったってさ。狂ってるよ。」
私が暮らすボジョレー地方の村では、あちこちでこんな会話が飛び交います。
ショパン家の長男ラファエルは、7haのブドウ畑で栽培していて、
レニエ(Régnié)、モルゴン、(Morgon) 、ボジョレー・ヴィアラージュ(Beaujolais-Villages)というアペラシオン名のワインを醸造しています。
(写真3)新芽がどんどん伸びているボジョレー・ヴィラージュのブドウの木(5月中旬)
幸いまだ大きな被害は出ていないものの、村では「2021年の再来になるのでは、、、」という不安な声が囁かれています。
実は2年前も、今年と同じように雨が多い年でした。
良質のブドウがなかなか育たず、ワインの醸造は難航。
市場では「2021年はフランスワインの外れ年」という評判が広がり、
美味しくできたワインでさえ、2021年産というだけで毛嫌いされる始末で、
フランスワインは、大苦戦を強いられた年でした。
2021年の悪夢がよぎり、村全体にどことなく陰気な空気が漂っています。
いつも元気なラファエルも、長引く雨に表情が曇りがちです。
こんなどんよりムードを、知ってか知らずが、
とある小さな存在たちが、村に小さな《癒し》を届けてくれています。
(写真4)生まれて1ヶ月たった頃の様子(3月上旬)
去年から仲間入りしたブタのプンバとキキの、子どもたちです。
今年の2月に誕生しました。
パパ譲りの黒斑&茶色と、ママ譲りの真っ黒が、それぞれ3匹ずつで、計6匹。
(写真5)みんなで仲良くお昼寝をする様子(3月上旬)
お母さんのミルクを飲みながらどんどん大きくなり
今では両親と並んで、ブドウ畑の雑草を食べてくれています。
(写真6)コブタに授乳するキキと寄り添うプンバの様子(3月上旬)
(写真7)お母さんの後を追いながらブドウ畑に生える雑草を食べ始めた頃のコブタの様子(3月上旬)
大量の雨で、雑草が例年にも増して繁茂するブドウ畑では、
雑草を食べてくれるブタさんたちは、ビオワイン(有機ワイン)の醸造家たちの強い味方。
彼らのおかげで、除草の作業量がぐんっと減り、とても働きやすくなります。
中でも、みんなが一番気にかけているのが、先月近所の犬に噛まれたメスのコブタです。
(写真8)噛まれたコブタの看病するラファエルのお母さんアニエス(4月中旬)
犬に何度も噛みつかれたことで傷が肺にまで達し、瀕死状態で発見されました。
「もうダメかもしれない」と皆が思っていたのですが、
諦めモードをふき飛ばし、ものすごい底力で奇跡的に回復しました。
(写真9)少しずつ元気が出てきた頃のコブタの様子(中央。5月初旬)
噛まれた後遺症でアゴが歪み、食べるのに時間がかかってしまいますが、
気弱な素振りを一つも見せず、兄妹たちと一緒にブドウ畑の雑草をムシャムシャと頬張ります。
今では毎朝玄関まで挨拶しにくるようになりました。
(写真10)「ブーブーブー!」ネコ用ドアから顔だしてご挨拶(5月中旬)
(写真11)玄関前に陣取りお昼寝(5月中旬)
苦境に屈しない無邪気な姿が、みんなの陰気な気持ちを和ませてくれています。
(写真12)大量の雨で雑草は急速に伸び、コブタをすっぽり隠すほどに(5月下旬)
懸命に生きる小さな命が、ボジョレーのビオワインを支える大きな力となっています。
ご高覧いただきありがとうございました。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
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大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。