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London Music Life「青い牛舎の扉の先にあるのは・・・レコーディングスタジオ」 Posted on 2024/04/09 鈴木 みか 会社員 ロンドン
北ロンドンののどかな街に現れる、小さな青い扉。この奥には来年設立50周年を迎えるCowshed Recording Studioがある。ここは名前の通り、牛小屋だった建物をレコーディングスタジオに改築したユニークな場所で、カルチャークラブのボーイ・ジョーイなど、数々のミュージシャンがクライアントリストに名を連ねている。
現在スタジオを運営するエンジニアのジェームスさん(James Johnston)はとても明るくフレンドリーで、彼の常にポジティブな姿勢はミュージシャンたちにも伝わり、スタジオの雰囲気やレコーディング風景にも反映されている。日本の琴や三味線をはじめ、様々な国の伝統楽器の録音も行われていて、「この前、こんな面白いレコーディングがあったんだよ」という話を聞いているだけでも、彼の好奇心があらゆるジャンルのミュージシャンと音の可能性を引き出しているのだと感じる。
スタジオは下町のようなアットホームな雰囲気の通りにあり、ご近所さんはみんな知り合いで仲良しだ。初めてスタジオを訪れるミュージシャンでも、近所のカフェやパブを訪れれば「あら、ジェームスのところに来たのね。どんな音楽やってるの?」と温かく迎えてもらえる。また、毎年恒例の夏のパーティーには、スタジオと関わったミュージシャンたちが集まり、夜中までワイワイと楽しむ姿が彼の人望と信頼を物語る。
彼が2017年に引き継いだこのスタジオは、ビンテージ機材の宝庫でもあり、機材好きの人なら鼻血が出るほど興奮する場所だ。今では希少な24チャンネルのマルチトラック・テープ・レコーダーは、映画「ボヘミアン・ラプソディー」のレコーディングシーンの撮影にも貸し出されたそうだ。
このデジタル配信の時代にアナログ高音質で録音することの意味に疑問の声もあるが、ビンテージマイクやエフェクターを使って録音する音は、やはり音色が違う。そういうのを面白いと感じるミュージシャンには最高の場所だ。スタジオに入った時のワクワクする気持ちは、きっとミュージシャンたちにもインスピレーションを与えているだろう。
ジェームスさんは、Tom Mansi and Icebreakersというバンドのドラマーでもある。16歳の頃に出会い結成されたバンドは、ダブルベース&ボーカル、エレキギター、ドラムのスリーピースで構成されるブリティッシュブルース。かつては、イギリス最大の音楽フェス、グラストンベリーをはじめ年間100以上のフェスや欧州ツアーをこなしていたという。話のついでに出てくる若かりし頃の体験談からは、昔のロンドンの音楽事情も知ることができて面白い。そして、数えきれないほどの場数を一緒に踏んできた仲間と奏でる音楽は、抜群の安定感の中に悪ガキのような遊び心が見え隠れし、聴衆を魅了し楽しませてくれるのだ。
レコーディング中に、彼が提案するアイディアはその場で音楽をさらに進化させることもある。彼自身がミュージシャンであることが、ミュージシャンの気持ちを理解し、可能性を引き出し、クリエイティブなレコーディングにつながっているのだと思う。技術の進歩や音楽を取り巻く環境の変化で、自宅で録音するミュージシャンも多くなったが、このスタジオでの光景を見ていると、レコーディングスタジオとは設備や録音作業だけでなく、その空間とエンジニアと一緒に、音楽をもう一段階進化させる場なのだと感じる。
さて、Tom Mansi and Icebreakersのニューシングル「No Face Blues」が先日リリースされた。Cowshed Studioで録音された彼らの楽曲は、まさにロンドンの音。近日公開予定のミュージックビデオでは、スタジオ内の様子や歳を重ねてもやんちゃなバンドメンバーの姿も見ることができるだろう。
Posted by 鈴木 みか
鈴木 みか
▷記事一覧会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。