PANORAMA STORIES
London Music Life「言葉の響きを楽しむ -スポークン・ワードの世界へようこそ」 Posted on 2024/03/06 鈴木 みか 会社員 ロンドン
スポークン・ワード(Spoken Word)というジャンルをご存知だろうか。
詩の朗読に近いが、韻を踏まなくてはならない等の文学的なルールはなく、散文詩や短い物語など、自由な言葉で表現するパフォーマンスで、内容は政治や時事ネタから、愛や、メンタルヘルスのことまで様々だ。
オープンマイクや、オムニバス形式のライブなどでは、ロックやジャズなどいわゆる音楽の間に、スポークン・ワードのパフォーマンスもあり、音楽のジャンルの一つとしても捉えられている。
大きな音楽フェスティバルのステージにもスポークン・ワードのパフォーマーが出演して、観客を沸かせる。
ラップミュージックに近いが、あくまでも言葉が主役なのが特徴だ
私の好きなパフォーマー、ジェイシーさん(Jaycee La Bouche)は、病院、刑務所、学校などで看護師として30年働き、さらに自身の母の介護でも疲れ果てた経験を通じて、観客に語りかける。
ある時は、鏡の中の自分が誰だかわからなくなり、深い疲れに襲われるが、自分が母の娘であるという原点に戻り、家族を支える強い気持ちを取り戻していく物語。
ある時は、メディアが作り出す美しくグラマラスなイメージに惑わされずに、自分の内面の美しさに目を向けよう、と呼びかける。
彼女の表現は、分かりやすく力強いだけでなく、たくさんの韻を入れた言葉のリズムや響きの美しさを持ち合わせていて、観客は自分の経験を思い出したり、気づかないふりをしていたことに目を向けたりと、たった数分間のパフォーマンスに引き込まれ、拍手と共に表情が明るくなっていく。
ステージの上でも外でも、彼女は笑顔で大きく手を広げて、周りの人々を包み込む。
スポークン・ワードのパフォーマンスは、個人的な体験や思いが多い内容自体はもちろんのこと、話し方やボディーランゲージの中にも、人生の苦楽を乗り越えてきたそれぞれの個性や人柄が映し出され、その情熱がストレートに伝わってくるのがとても面白い。
パフォーマンスの形式も様々だ。
短い詩を暗記して話す人もいれば、10ページくらいの文章を読みながら、終わったページを投げていく人もいる。
もちろん、音楽に乗せて話すこともあり、そこに居合わせたミュージシャンにイメージのキーワードを伝えて(例えば「ダークでビューティフル」など)、即興の音楽と合わせて語られる言葉は、ジャズのようでもあり、その場限りの偶然の美しい響きとなり、観客の心を動かす。
シェークスピア的なイギリス詩人ばかりではないのが、移民の多いロンドンならではの特徴だ。
ロンドンに移住した20代の若者たちが、孤独や祖国への思いを綴る言葉は、とても力強い。
私が観た母国語で語られるアフリカやマレーシアの若者たちのパフォーマンスでは、観客は意味を全て理解しなくても、大まかな内容の説明と共にその言語の響きを楽しんでいて、知的好奇心で溢れる会場に、ロンドンの多様性と寛容さを感じた。
スポークン・ワードは以前から世界で確立されているジャンルだが、コロナで多くの人々が大切な人を失ったり、ロックダウンや不景気で生活が大きく変わったりと、人生を見つめ直す機会が増えているこの時代に、率直な言葉で語られるスポークン・ワードは、より人々の心に響くのではないかと思う。
もし興味を持っていただけたならば、YouTubeなどで「spoken word uk」などで検索してみてはどうだろうか?
今は字幕機能をオンにすれば、内容も大まかに分かるので便利だ。
仕事や勉強で必要な英語ではなく、人々の気持ちや思いが語られている言葉たちは、全てを理解できなくても、その響きを楽しめ、新たな発見があることだろう。
Posted by 鈴木 みか
鈴木 みか
▷記事一覧会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。