JINSEI STORIES

第六感日記「人間には見えないものが、うようよいる。でも、動物には見える霊魂のかたち」 Posted on 2024/02/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、疳の虫(かんのむし)という言葉をご存じであろうか?
夜泣きがひどい子とか、生後半年くらいの子に、よく使う。「疳の虫が騒いでいるよ」というような言い方で使われるのだ。
この「疳の虫」は実際の虫ではもちろんなくて、人間が赤ちゃんの頃、その成長過程で、興奮をし、かんしゃくや夜泣きを起こすことを、昔から、そう呼んできたのだ。
しかし、大昔、日本人は、赤ちゃんの身体の中にいる虫が悪さをして、赤ちゃんを泣かせている、と考えていた。
生まれて半年くらいに「疳の虫が騒ぐ」傾向があるようで、それは、人間が他人を認識する中で、見たことがある人と見たことがない人を区別できるようになる、つまり、発達段階で起こる症状ともいわれている。
なるほど、たしかに。
しかし、犬はどうなのだろう。
三四郎が我が家にやってきたその夜は一晩中吠えていたが、それは疳の虫ではなかった。ぼくのことをすぐに認識し、なかない子になった。
ぼくが知る限り、人間の赤ちゃんのような「疳の虫」現象はおきたことがない。
生まれてすぐの頃から、もっとも急激な成長過程がないからか、三四郎の精神は安定してきたように思える。
ところが、昨日、異変が起きた。

第六感日記「人間には見えないものが、うようよいる。でも、動物には見える霊魂のかたち」



締め切りが詰まっており、三四郎のピッピとポッポ(おしっことうんち)の時間が遅くなってしまったのである。
近くの公園に連れ出した時、23時を過ぎていた。あたりは暗く、誰もいなかった。児童公園のようなところで、ベンチがあり、砂場があり、滑り台やシーソーがあった。
三四郎が、児童公園の前で動かなくなったのだ。
じっと、何かを見ている。
「行くぞ」
といって、リードをひっぱっても、動かない。
「どうした」
三四郎は一点を見ている。
じっと、何かをおいかけていた。

彼の視線はベンチでとまった。
まるでベンチに、顔見しりの誰かが座っているような感じで、見ていた。
引っ張っても動かない。
「誰かいるのか?」
とりつかれたような冷静な視線を送っている。
吠えるわけでもなく、怖がるわけでもない。
5分、・・・もっと、過ぎた。
ぼくも興味がわいたので、付き合ったのだ。
すると、三四郎の頭が少しだけ、動いた。
ベンチに座っていた見えないなにかが、動いたような感じがしたので、ぼくは目に力をこめて、その辺を凝視した。
三四郎の視線がその何かを捕捉したようだ。
それは十メートルくらい離れた場所にある、シーソーのあたりで、止まった。
すると、次の瞬間、だれものってないシーソーがゆっくりと動いて、ぼくを驚かせた。
思わず、え、と声が飛び出してしまった。
そう見えただけかもしれない、と思って、ぼくは三四郎のリードを引っ張って、児童公園まで確認に行こうとしたが、三四郎は頑なに動かなかった。
視線はシーソーをじっと見つめている。
ぼくは振り返り、再びシーソーを視たが、それはもう、動かなかった。
でも、確かに、今、動いた、よね?
さらに、数分が経ったが変化はなかった。遠くから、酔っ払いの若者たちがやってきて、大騒ぎしはじめた。
彼らは児童公園の中に入ってきた、走り回ったのだ。
三四郎は、不意に、踵を返した。

第六感日記「人間には見えないものが、うようよいる。でも、動物には見える霊魂のかたち」

※ シーソーの写真を撮影したのですが、家に帰って確認をしたら、真っ暗で、何も映っていませんでした。さすがに、ちょっとだけ、怖かったです。

第六感日記「人間には見えないものが、うようよいる。でも、動物には見える霊魂のかたち」



そして、テクテクと家路についたのであった。
なんだったのか、気になったが、酔っ払いの叫び声だけがあたりいったいに木霊した。三四郎はまるで人間みたいに、先を急ぐように、リードを引っ張って、歩いていた。
ぼくには見えなかったし、感じなかったが、三四郎には見えていた、ものがあったのかもしれない。
ぼくは幽霊などを信じてはいないが、人間を動かす何ものかはあると思っている。それを魂とか霊魂と呼んでもいいのかもしれない。
そういうものが、動物には見えるに違いない。
たぶん、三四郎に手招きをしていた何かが、彼には見えていたのであろう。
動物たちには、あるいは、人間には見えないものたちを察知する力があるのか。
ぼくら人間も、もう少し、その境目に気をつけてもいいのかもしれない。
それが何か、ぼくには説明ができないもの。
そういうものをぼくは、毎日、カンバスに描いている。

つづく。

第六感日記「人間には見えないものが、うようよいる。でも、動物には見える霊魂のかたち」



今日も読んでくれてありがとうございます。
ノルマンディに移り住んでから、パリでは感じられない、別の世界の波動を感じることが多くなりました。きっと、人間界というものと重なる形で霊界というものが存在しているような気もします。それを確かめたいとは思いませんが、感じるものを否定する必要もないのかな、と思う、今日この頃です。皆さんは、見えますか?
はい、さて、今年の父ちゃんのスケジュールのお知らせです。
●小説「十年後の恋」集英社文庫版が1月19日全国発売。重版出来!
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●2月28日から、新宿伊勢丹のアートギャラリーで個展。
☟☟☟ (詳細)
https://www.mistore.jp/store/shinjuku/shops/art/artgallery/shopnews_list/shopnews0467.html
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。(検索ください)
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ザ・ウオーター・ラッツでのライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ!!!
以上です。

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