JINSEI STORIES
滞仏日記「断捨離ではなく、物を捨てない主義の父ちゃん、嘆くスタッフさん」 Posted on 2024/01/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、断捨離がブームだというので、ぼくはちょっと首を傾げている。
ならば、買わなきゃいいのに、とドケチな父ちゃんは主張する。先日、ぼくのアシスタントをやっている岡っちから、
「すいません。先生の物を捨てない主義は大変すばらしいと思うのですが、使用したコピー用紙の裏で経理の計算とかするのはまだいいとして、表面も裏面も使った紙を再利用目的とかいって、事務所の隅っこに保存し続けるのは、やめてもらいたいのですが」
と言われた。
岡っちは前任の長谷っちにかわり、とくにぼくのアトリエ周りの仕事、(絵の梱包、搬送、仕事場の整理、掃除)などもやってもらっている。(基本は、出版社の窓口業務)
なので、小言が多い。
というのも、ぼくが捨てない主義だからである。
「先生、一つ、言ってもよろしいでしょうか?」
「はい」
「椅子の下に段ボールを敷くのはみっともない気がします」
「いや、カーペットを買うのはいいんだが、油絵具が飛ぶんだよ。油絵具のついたカーペットは洗えない。わかるかい?」
「でも、この段ボールは絵を日本に搬送するためのものです」
「だって、いいじゃん。どうせ、搬送で再利用できるじゃん。それまで、こうやって使ってあげたほうが、段ボールもうれしいと思うんだよ。ちがうかい?」
「先生、段ボールに椅子の足が食い込んで、いっぱい穴があきます。そういう段ボールで梱包をすると、穴が目立つんです」
「穴くらい、どうってことないじゃん・・・」
岡っちは、若い子だが、頑固で、はっきりとものをいう。
そこが気に入っている。
※ この段ボールカーペットが、ぼくにはちょうどいいのであーる。
「先生、それから、先日、カメラマンの小田さんにいただいたワインのボトルケースを筆タテにしたり、ミカンの空き箱を絵の具入れにしたり、そもそも、先生、パレットくらい、私が洗いますので、Amazonの段ボールを使い捨てのパレットにするからといって、部屋の片隅にどんどん、千切って積んでいくの、やめてもらえませんか? 掃除するときに、それがゴミか、パレットなのかわからないんです」
「君、これは、純然たるパレットだよ。なんで、あんな絵に描いたような画家がつかう木目の水たまりのような形状のパレットが必要なんだ? パレットの穴に、親指入れてベレー帽かぶって描いている画家とか、いるの? こうやって、捨てる段ボールをパレットにして、使い切って捨てた方がもったいなくないじゃないか。親指、いれたければ、ハサミで穴あけられるもん」
「でも」
「ミカン箱というが、デザインもなかなか悪くないのに、みんな破棄して、断捨離すればいいってもんじゃないんだよ。かわいいじゃん。油絵具が喜んでる気がしないの? 」
という会話が続くのだ。
岡っち曰く、自分の家はゴミ一つ落ちてないし、一年着ない服は捨てているのだ、という。断捨離というのがブームらしく、身軽に生きる、と言い張る。
「それは結構だが、一年も着ないで捨てるんだったら、買わなければいいのに、とぼくは思うけど、どうなんだい?」
と言ったら、
「先生、もう一ついいですか、先生は木箱を全部、捨てないで、事務所の片隅に積んでいますが、あれも場所をとって、仕方ないですし、エリックさんが、困っていました」
「あのね、箱を捨てるのは大馬鹿ものだよ。このくらいの箱があればな、と思うことあるでしょ? その時に捨てたこと、後悔しないの?」
「え、あ、しますけど、でも、全部保管し続けると場所がどんどんなくなって、私たちが事務作業する場所がないので、机も買いたいんですけど、テーブルをシェアして我慢しているんです」
「いいじゃないの、テーブルがあるんだもの。もったいない」
ぼくの主張なのである。
※ ミカン箱はかわいいので、油絵の具入れに、してます。
※ ワインボトルのおしゃれな入れ物は筆入れに。
※ 陶器の入っていた箱は、録音機材入れに。
「先生、ゴミ箱くらい買いましょう」
「いいじゃない。ピエール・エルメとか、アンジェリーナのケーキの袋ってさ、真四角だし、紙が丈夫だし、ゴミ箱に最適なんだよ。そのまま、燃えるゴミのボックスの中に放り込めるじゃん」
ということで、ぼくはものを捨てないし、箱とか、段ボールとか、コピー用紙をため込んでいるので、エリックをはじめ、掃除をする人が大変なのだ、という抗議の声だった。
はっきり意見がいえる岡っちは素晴らしいスタッフさんなので、もめたくないが、断捨離って、そういうものじゃない気がするのはぼくだけだろうか?
じゃあ、高級なパレット使えば、一流な絵が生まれるのだろうか?
ぼくが使うギターは、百均で買ったマスキングテープで表面を覆っている。こうすると、ギターを叩くと、ちょうどいいミュートのかかったパーカッション音が出る。もちろん、高級板を買って、専門家に高いお金を払って立派なカバーをとりつけて貰うのもいいのだけれど、ぼくは百均のマスキングテープにかなうものはない、と思いこんでいる。
音を優先するのか、形を優先するのか、という考え方の問題で、YAMAHAの担当さんは、「マスキングテープでもいいんですけど、叩いていると、どんどん破れて見た目が悪くならないか、ちょっと心配ですね」という意見であった。
ぼくはその捲れたマスキングテープを、つくろって、また使っているのである。
なにか、問題があるのだろうか?
※ 父ちゃんのパレットは、Amazonの段ボールをカットして、使っているので、御覧いただきたい、このパレットがすでにアートなのであーる。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくは使い捨てマスクを捨てないで、一度洗い、それを様々な形に切って、筆のかわりにし、絵の具を延ばす時などに、使っているのだけれど、いい具合の線や面が出るので、これは絵を描く皆さんにおすすめしたいのであります。人生に無駄なし。えへへ。
さて、今年の父ちゃんのスケジュールのお知らせです。
●小説「十年後の恋」集英社文庫版が1月19日全国発売。
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●2月28日から、新宿伊勢丹のアートギャラリーで個展
☟☟☟ (詳細)
https://www.mistore.jp/store/shinjuku/shops/art/artgallery/shopnews_list/shopnews0467.html
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。(検索ください)
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟
https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator
●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ!!!
以上です。