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滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」 Posted on 2024/01/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、リールを見ていたら、停車している車の運転席から犬を道路に投げ捨てる映像があって、そのわんちゃんが必至で車に戻ろうとするのだけれど、運転手はそれを振り払い、犬がちょっと離れた隙に、猛ダッシュで発進、犬を置き去りにして高速に入っていく、というもので、置き去りにされた犬はひっしで走るのだけれど、追いかけても追いかけても、追い付かない、・・・轢かないように後続の車が避けていく、という・・・。ああ、もう、悲しすぎて、携帯を消して、泣いてしまったじゃないか、ばか野郎。
なので、三四郎を抱きしめて、ごめんね、と謝った父ちゃんであった。
今日は粉雪が舞う極寒のパリであった。
天気予報だと、夜はマイナス10度になる、らしい。日中でも、マイナス1度とか、そういう寒さなのだ。
SNSなどで日本や世界のニュースを眺めて一日過ごしたけれど、地震の映像とか何度も何度も見ているせいで、悲しすぎて、動けなくなった。
そこにもペットの動物もいただろうし、犬のことを心配して、眠れない人もいるんだろうな、と思うと、とにかく、いたたまれなくなる。
こういう時、小説を書くのは、きつい。
小説というのは、ある程度、自分の心が安定している時、状態じゃないと、筆が動かない創作物なのである。

滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」

※ そうこうしているうちに、夜になると、雪が積もった。明日も朝は、かなり、積もっていることであろう・・・。三四郎は、大喜び・・・。

滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」



むしろ、今日のように寒く、悲しい日には、楽器を弾いたり、絵を描く方が救われる。
小説の執筆は、神経をかなり使うので、精神的に摩滅する。
一方で、絵を描くのと楽器を奏でたり歌うのは、その強張った神経を緩めてくれるので逆の効果がある。
同時に、犬も、ぼくにとっては、なくてはならない存在なのだ。
三四郎の世話をするだけでも、十分、毎日が幸せになる。
ぼくにもつらい現実がふりかかることが多々あるが、三四郎が落ち込んでいるぼくの横にぴたっと張り付いてくれると、ささくれだった心も癒される。
ぬくもりが、伝わるので、じわっと、心が緩んでくる。
ぼくは、きっと、ずっと、戦って生きてきた。
何か、よくわからないけれど、がむしゃらに表現を続けてきたので、失うものも多かった。
ぼくという人間を誰が理解できるのだろう、とずっとどこかで思っていた。
人間とはうまく関われないものを持っているのかもしれない。ぼくは気難しいし、没頭すると、その世界から抜け出せなくなる。
個展が決まったら、絵ばかり一日中、描いているし・・・。
それでも、三四郎のことだけは忘れない。マイナス10度になろうと、朝昼晩と最低でも3回は散歩に連れ出している。
帰ると、シャワーで汚れた足やおなかをきれいに洗ってあげる。
神経質なぼくだが、汚い泥のついた三四郎の身体を毎日、爪の中まで、洗ってやっている。風呂が泥で黒くなることもある。
三四郎をきれいにしたら、今度は、お風呂を洗っている。
こんな大変なことをずっと続けないとならない。
それが難しくなって、ああやって、犬を捨てるのかもしれない。走り去った車は高級車だった。たぶん、厄介になったのだろう。

滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」



滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」

お風呂の時のさんちゃんは、あたたかいお湯が気持ちがいいみたいで、逆らわないで、じっとしている。
終わると、ぼくがバスタオルを広げてみせる。
すると、三四郎は飛び乗るように、浴槽のヘリに前脚をおくので、上から包み込み、そのまま前脚をバスタオルで掴んでもみもみしながら、ふく。
そのまま、顔もふいてやり、お腹に右手をいれ、一気に抱きかかえ、バスマットの上に置くのだ。
そして、胸、お腹、後ろ脚、尻尾の順番で拭いていく。(全身は洗わない。石鹸も普段は使わない。犬はあまりたくさん洗っちゃいけないみたいだから、汚れがひどい脚とかお腹、尻尾だけきれいにしてあげるのだ)
で、きれいに拭き終わると、
「よし、オッケー」
と大きな声で言う。
すると、三四郎は、濡れた身体をブルブルと激しく左右に振って、残った水けをそこら中にまき飛ばす。うわ、きた!
そして、一目散に、ソファまで走っていく。(ソファの上にバスタオルを敷いているので、そこで、爪とか研いでいる。なので、カッコいいソファなのだが、ボロボロのタオルがいつもかかっている。仕事関係の人やスタッフさんが来る時に、どける)

滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」

※ うしろのは、今、描いている作品です。大きい・・・。そして、雪が降る。

滞仏日記「犬の世話だけで一日がたんたんと過ぎていく。それが幸せだと思う」



三四郎の面倒をみていると、散歩やお風呂やごはんなどで一日はあっけなく過ぎ去っていく。ほんとうに、あっけなく。
「ああ、今日も小説を書くことができなかった」
これは、言い訳である。
絵は描いているし、ギターは弾いているのだから・・・。あはは。
でも、父ちゃんがしょげていると、三四郎がぼくのところにやってきて、ソファに飛び乗り、一回転し、ぼくと同じ方向をむいて落ち着き、お尻をそこに沈めて、ぼくの身体に、スリスリしてくるのである。
なんとも、こんなにかわいい生き物をぼくは置き去りにできない。
もはや、奴隷かもしれない。マゾかもしれない。
でも、生き物からもらっているものは、無限の愛、なのだ。
ぼくの家族だ。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
理解者、というのは大げさですけれど、三四郎は世界がすべてぼくの敵になっても、ぼくを慕ってくれる唯一の生き物でしょうね。でも、三四郎はみんなに愛されているので、その愛が、世界をつないでくれればいいのに、と思うのであります。
さて、4月19日の英国、ロンドンでのライブチケットが発売になりました。キングス・クロスにある「ウオーター・ラッツ」というライブハウスです。詳しくは、こちら☟☟☟
今回は、2Gz(ツージーズ)という英国限定ユニットでやりますよー。
チケットはこちらの、ライブハウスの購入サイトから、どうぞ!


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