JINSEI STORIES
滞仏日記「ワイン屋のおやじトマの店で、いいワインに出会った、父ちゃん大使」 Posted on 2023/12/13 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ワインを買いに行った。
クリスマスが近いので、ワイン好きな仲間たちが集まる機会が増えそうだから。
フランスのアパルトマンにはだいたい地下室があって、みんな、ワインを保管する。まとめ買いをして、そういうところに置いておくのが便利だ。
不意のお客さんなどもあるので、忘年会シーズンだし、地下室のカーブを充実させたく、15区にある行きつけのカーヴ、「MOMENT DIVAN」まで出向いた。
知り合いのトマがやっている店だ。とってもセレクトがいいので、まとめ買いに、よく出かける。トマは、優しいんだよね、ナイスガイなのだ!
「今日はどういうのがいいですか?」
トマが言った。
「うーん、その、ボルドーワインのことなどなんにも知らないくせに、実は来年、ボルドーワインのアンバサダーになっちゃってね、えへへ」
えへへ、と自慢している、父ちゃん。笑えない、いつか、へまをやらかしそうで、怖い。
「わお、それはめでたい」
「だからね、これから一年はボルドーワインを飲み続けようと決めたんだ」
在仏歴もついに22年目に入った父ちゃん、あちこちのワイン屋さんと仲良くしているが、本当に人間も優しく、一生懸命、ワインのことを教えてくれて、しかも、日本が大好きなトマが一番信頼できる。
ワインだけは、好みがわかれるので、ワイン屋の味覚と気があうかあわないか、でぜんぜん、意味が異なってくるので、注意ね・・・。
ということで、
「じゃあ、大使就任を記念して、ぼくから一本、ワインをプレゼントさせてもらいたい。いいですか?」
と言い出した。
いいよいいよ、と遠慮しているふりをしながら、手を伸ばして、喜んでる父ちゃん。
ということで、エチケットも地味な、何か、シックなワインをギフトされてしまい、おおお、派手さがない、と思いながら受け取った、父ちゃんなのであーる。☜もらった癖にいちいち批評家っぽい分析をするやつ、いますよねー。やだー。
「これは、ボルドー市のちょっと北側、ガロンヌ川沿いに、小さなシャトーをはじめた男がいて、グザビエというのだけれど、でも、最近までワインとはぜんぜん関係ない仕事をやっていたんですよ」
「へー」
「でも、一念発起して、ワイナリーをはじめた。すると、信じられないくらいにおいしいワインが生まれてしまった。しかも今は、値段も高くない」
「ほォ、魔法みたいだね」
ぼくらは笑いあった。
でも、トマはほんとうにいいワインしか、ぼくに紹介してくれないので、まず、間違いない、とぼくはすでに確信をしていた。
それに、ちょうどいいワインじゃないか。
「実は、ぼくがボルドーワイン協会から与えられた使命は、新しい作り手たちを応援すること、とくに、10ユーロから30ユーロくらいの、手に入れやすい価格帯の新しいワインを日本で広めること、なんだよ。もし、トマの友だちのワインが、おいしければ、いきなり、最高の出会いになるね」
ボルドーワインの頂点といえば、不動の五大シャトーが大変有名、「ラフィット」「ラトゥール」「マルゴー」「オー・ブリオン」「ムートン・ロートシルト」だが、ぼくなんかには、高すぎて手が届かない。しかし、それだけがボルドーではないのだ。すそ野が広い。
「ムッシュ、これは本当に、買わないとならないワインなんだ」
ということで、トマにギフトされたワインをもって帰り、夕食の時間に、ちょっと飲んでみたのだけれど、
「うらららーーーー」
信じられないくらいに、深みと広がりのある好きなタイプのワインだった。とにかく、センスがいい。
何が素晴らしいか、と一言でいうと、ワイン全体の調和度が非常に整っていること。
バランスがいい。
口当たりがいいのは当然だろうが、舐めた瞬間のアタック、申し分ない。
口腔をたぶらかす強さを維持している。それが口の中で花開くように拡大するのだ。樽香の広がりにもかなりの期待がもてる、なのに、植物本来のタンニンに関しては、まろやかで意外な繊細さがあって、つまり、力だけじゃなく、奥ゆかしさも兼ね備えた、いわば、質実剛健なワインなのだ。
高ければ、納得できるが、この価格帯でこの出来栄え、さすが、トマの友だちのワインだ。(日本のサイトで調べたら3000円くらいで買える。もちろん、コンビニのワインと比較したらいけません。ボルドーのこのタイプで、この値段は、お買い得でしょう)
転職して最近ワインの生産者になったとは思えない安定感がすでにあって、何者なの、と思った。さすがに、トマが推薦するだけのことはあるね。
チーズだったら、何があうだろう、と考えると呑んべー父ちゃん、思わず、ニヤニヤしてしまった。
そうだ、マーシャルの店(八百屋なのに、最近、生ハムやチーズを扱いだした)で買った「ロカマドール(ヤギのクリーム系)」があったっけ。
冷蔵庫をあさって、引っ張り出し、あわせて飲んだのだけれど、うんうん、来るね~。
楽しくなってきて、気が付いたら、ほとんどなくなっていた。
ワインとバゲットとチーズがあれば、ぼくは幸せ。夕食はこれでおしまい。赤ワインの栄養分だけで、大人になったような父ちゃんなのであった。あはは。
ちなみに、メルロー種60%、カヴェルネソーヴィニヨン40%という、納得の品種割合であった。トレボン!!!
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
とはいえ、ボルドーは赤だけではないので、白もあるし、泡系もあります。なので、違った角度でボルドーのすばらしさを見直したい、という一年になりそうですね。ワインって、日本酒もそうだけれど、文化ですからねー。知性を感じるワインに出会えると、うれしくなる父ちゃんなのでした。あはは。
※ 左手にボルドーワインを握りしめているのでーす。えへへ。