JINSEI STORIES

退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」 Posted on 2023/12/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、新宿の伊勢丹で開催される父ちゃんの初個展だが、会期は、2月28日から3月5日の18時まで、ということになっている。
新宿伊勢丹デパートの6階にある伊勢丹アートギャラリーという画廊で開催されるのだが、伊勢丹さんの方に、問い合わせがちらほら入りだして、ちょっと慌てているような印象を覚えるが、マジ、大丈夫なので、皆さん、落ち着いて、ぼくも落ち着くので、笑。
伊勢丹は広いし大きいし、堂々としているし、逃げないから、大丈夫。
確かに画廊はそれほど大きくはないのだが、7日間も開催しているので、さすがに、そこまでの人が来ることはない、と父ちゃんは踏んでいる。
だって、画家でもないし、別に還暦を超えた老作家が描いた抽象画のように見えるノルマンディの情景画に過ぎないのだから.
もちろん、皆さんに見てほしいのは事実だけれど、十分に時間はあるし、のんびりと構えて、粛々と、見に来てくださればいいと思うのであ-る。
ぼくはその時期、日本にいるけれど、ずっと個展会場にはいないしね。

退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」

退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」



たぶん、会期中は、二回くらい、ふらっと様子を見に、顔を出すかな、とは思っているが、絵はすでに、画廊に搬入済みで、担当のN女史にも確認いただき、絶叫の画家、という称号をいただいた。笑。
(ぼく自信そうは思わない、静かな世界をひたひたと描いているのだけれど、きっと見る人によっては、強い生命力を与える絵なのかもしれません。躍動感、みたいなものは強いかも)
ひとまず、ぼくの手は離れているのだ。
今は、画集の制作をしている。これも、今日、校了になった。

はじめて、油絵を描いたのは大学生の時、よく覚えている。
あの頃、なんの知識もなかったが(今もないよ)、油絵具とカンバスを買って、アパートの一室で、絵の具をたたきつけていた。(この作品は、現在、実家に飾られている)
鬼とか、仏様の絵を描いていたのだけれど、今も、実は、同じテーマの作品が多い。
伊勢丹に送った作品の中にも、黒仏と白仏の絵がある。

退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」



絵は趣味だったので、この数十年で、どんどん、たまっていき、保管できなくなり、人にあげたり、(今思えば、どうなのだろうね)、捨てたり、盗難にあったりしてきた。
残っているものは、まだ、油絵の具がイキイキしているけれど、カンバスや木枠はもう、かなり古びて、老いを感じる・・・。
ぼくは、下絵とかデッサンとかは、しないで、そのまま直接、描きだすタイプ。
考えてしまうと、考えに沿った絵になるので、つまらない。
小説も同じで、一行目に命をかけている。一行目がうまくいくと、ほっといても、出来あがる。途中から、作品が、ぼくを導いてくれる。いつも、そうなのである。
絵も一緒である。
ただ、どの作品にも共通点があって、物語性はすべてに通底している。
今は、この二項対立の現代のこの世界を描いているものが多いかな。現実から受ける刺激がぼくを描かせる要因だと思う。
長年、小説を書いてきたので、理屈とか説明が嫌になり、カンバスに叩きつける油絵の直截な思念に心地よさを覚えるのは、なんとなく、わかる気もする。
煩わしいこの世界で、ノルマンディの海を見ながら、描く作業は、心を落ち着かせる。
もう、再来月には初個展なのである。二か月半という感じだ。すぐだね。
もうぼくは、新しい物語を編んでいる。そう、やっぱり、作家だから、物語なのだ。海とか山のキレイな絵に興味がない。技術で描かれた美しい世界よりも、生きているこの瞬間の思念をパレットナイフでカンバスに叩きつけるような、魂を揺さぶる詩の世界が、好き。
つまり、そういうどっちかというと、わけのわからない作品ばかりなので、あまり、期待しないで、ほしい。たぶん、90%の人には暗い絵、で片づけられてしまうことだろう。それでいいのだ。時間があれば、行くかな、という程度がありがたい。
好き嫌いも激しい、さて、どっちに触れるだろう、と思っておいてください。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくは、画家じゃないし、なにものでもない、ただの辻仁成です。あはは。美術大学で学んでいないし、有名な先生に習ったこともないし、リンゴの絵とか、描くの超下手です。普通に見えてる世界をそのまま描くのは、まじ苦手で、技術はほぼありません。いまだに、絵筆使えませんし、・・・。だから、楽しいのですが、ということで、2月の末に、新宿伊勢丹で、お会いしましょうね。



退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」

退屈日記「伊勢丹での個展が近づいてきた。問い合わせが多くなってきたそうだ」