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退屈日記「古巣のカルチエに顔出したら、パリごはんでお馴染みのあの連中が大集合!」 Posted on 2023/12/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ノルマンディに拠点を移してから、2年くらい、経つのかなァ。
久しぶりに、前に住んでいたカルチエにふらっと立ち寄ったら、わずか100メートルほどの間に、パン屋のベルメディさん、家具屋のクリストフ、和食屋のシンウエン、バーのリコ、レストランのエステル、そして、八百屋のマーシャル、街の哲学者のアドリアン、その奥さんのカリンヌ、運転手のユセーフ、あと、ふぐちゃんことブノア、同じアパルトマンの下の階に住んでいる「ギターがうるさい」と怒鳴りに来たムッシュ・ティエリー(実際は、すごく優しい人です)などなど、そうそうたるメンバーと出会ったのであった。
ばったり出会った街角で~。
夕食の時間だったので、みんな買い物とか、家路につく人もいて、次々に会っては立ち話となるから、なかなか先に進めないのだった。

退屈日記「古巣のカルチエに顔出したら、パリごはんでお馴染みのあの連中が大集合!」

※ こちらは、古巣に行く前に立ち寄った、最近、仲良しのワイン屋さんのトマさんでーす。ここのワイン、おいしいのだ。



ぼくはこの町を去ってからオランピア劇場でライブをやったので、その後、この街の人たちと交流がなかったけれど、ぼくがオランピアでやったのをほぼほぼ全員が知っていたし、中にはライブに来てくれた人もいた。(マーシャル、ジャンフランソワ、エステル、ピエール、アドリアン、カリンヌ、ブノアなどは参戦してくれたのだ。多謝だね)
マーシャルの八百屋に顔をだすと、
「あああ、ムッシュ、ツジー」
と笑顔でマーシャルが出迎えてくれた。
今は、理由があって別々で暮らしているイジアちゃんの写真を見せられた。
「わ、大きくなったね」
「うん、元気だよ。みんな元気にしているんだ」
「よかった。それを聞いて安心したよ」
それにしても懐かしい八百屋なのだった。(八百屋なのに、なぜか、今は肉、ソーセージ、牡蠣とか魚とかも売っている。驚くべきことに、キャビアのショーケースまで出現していた。手広い。肉は一つ星レストランの高級肉らしい。何屋? 時代は変わる、だね)

ということで、確かに時代は変わった。何もかもではないが、変わった。
リコとかユセーフとかも、ぼくは仲がよかったが、何かこの町の住人とのあいだにもめ事のようなものがあって、ささやかな分断が起きているらしい。
リコは「店を売るんだ、ここは好きじゃない」と言っていた。
政治的な問題ではないのだ。戦争のせいもなければ、人種問題とも違う。
でも、やはり古くから続くカルチエなので、一度、もめると、そういうことが理由で、諍いは続く。
コロナ禍の最中は力をあわせていたのに、残念だけれど、しょうがない。
「その通り、これはもう、しょうがない」
とエステルのレストランで、アドリアンが言った。
「誰が悪いというのではないが、一度歯車があわなくなると、もう、回復が難しい。ぼくはイタリア人だからどっちの味方でもないが、対立は認めないとならない。ひとなりさん、君がいた時代が一番、ここは幸せだった。世界と同じで、亀裂がここにも走っている」
なるほど。
「ピエールはどうしているの? 最近、連絡ないんだ」
「彼は彼で人生が大変で、右往左往している。いつものことだけれど」

退屈日記「古巣のカルチエに顔出したら、パリごはんでお馴染みのあの連中が大集合!」

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リコはぼくが顔を出すと、抱きしめてくれた。
そういえば、彼もライブに息子さんとやってきた。息子さんが、ぼくのTシャツを欲しがっている、というので、次回、渡すことにした。
リコは本当にいいやつなのだ。
でも、いいやつ過ぎて、彼はもめ事の仲裁ができない。
この通りはフランス人が勿論、多いが、イタリア系、アラブ系、中東系、東欧系、アジア系、アフリカ系、様々な人種民族が入り混じっている。
ぼくは日本人だから、祖先に感謝だね、日本人というだけで、みんなによくして貰えた。だから、もめ事の仲裁役ができたが、今は、かなり亀裂が深いようだ。
「パリごはん」の撮影時期ではなくて、よかった。
時代は本当に変わった。

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ぼくはいま、ノルマンディで、新しい仲間たち、チャールズ、ミハー、トマ、ジャンフランソワ、シャルル、マリアンヌ、カイザー髭さんなど、新しいフランス人の友人たちに囲まれて幸せの再構築をしているところだ。
「ひとなりさんとこうやって再び会えてうれしいよ」
アドリアンが言った。
三四郎はアドリアンを見つけると、めっちゃ興奮をして、何度も彼に飛び乗っていた。忘れないものなのだ。犬は恩義に篤い。
「最近はどうしているの?」
「ひとなりさん、ぼくはね、今、哲学書を書いている。来年には出版したい」
「おおお、それは素晴らしい。フランスで?」
「いや、イタリアで」
「いいね」
ぼくらは赤ワインを二本、飲み切った。
カリンヌとビズをし、エステルとビズをし、アドリアンともビズをし(ひげが痛い!)、ぼくは三四郎と歩いて家路についた。
帰り道、昔のアパルトマンの前を通りかかると、ぼくらがかつて住んでいた部屋に明かりがともっていた。
赤いポルトから、ティエリーさんが出てきたので、またしても、ご挨拶。
「君が出て行ったあのアパルトマン、今も、水漏れで大変なんだよ」
「え、いまだに?」
「いまだにって、あれから二回も大きな水漏れがあって、借主が激怒していた」
あはは。ぼくらは笑いあった。
この建物は根本的にダメなのだ、ということ、そして、世界が変わっても、ここだけは変わっていなかった、ということであった。いいのか、悪いのか、わかりませんが。
三四郎は、ティエリーさんのところのオラジオとビズしあっていた。二匹とも、尻尾をふっていたのであーる。
思い出が胸にしみた12月でありました。

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つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
時代は変わるといいますが、本当に、変わっていくのです。パリという街だけはそのまま残っているのですが、人間は次々に入れ替わり、いざこざもあり、しょうがないですね。それが人間の宿命なのかもしれません。「ひとなりさんは、いいタイミングで引っ越したんだよ」とアドリアンに言われました。たまに、会ってごはんをしようね、と約束をしました。でも、みんな、元気でしたよ。
めるしー。

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