PANORAMA STORIES
見えない世界 Posted on 2017/03/02 美波 女優 パリ
2月中旬、短編映画の撮影に参加した。
映画は約20分、トモコという女性が視覚障害者になった話だ。
高圧的な母との生活、不自由な日々、孤独、現実世界から投げ捨てられたような閉鎖感に苦しんでいる彼女はある日、Ambreという若いストリップティーズに出会う。
彼女は分け隔たりなくトモコに接し、異なった環境に生きている2人は互いに惹かれ合う。
この出会いでトモコは今まで閉ざしていた殻を破ることになる。
目が見えない人を演じるため、早めに準備に取りかかった。
やることは沢山ある。
まず、ボランティア施設に連絡をとり事情を説明した。
快く迎え入れてくれた彼らと相談し、計5回のミッションに参加することになった。
内容は基本的に1人の視覚障害者のお手伝いを2時間する。
事務作業、読書、病院や待ち合わせ場所までの付き添いなどある。
私は難易度の低い、お散歩と、買い物を希望した。
視覚障害者に聞かれたら、素直に参加理由を答えることにした。
役のためにお手伝いすることは相手に失礼に当たらないかと怖かったけど、嘘なく演じるため、必要なことだと説明するつもりでいた。
不安な私の気持ちに反し皆大変喜んでくれて、役者の仕事への興味を示すと共に、歩くときに使う白杖の持ち方から、時間の見方、電話の使い方を教えてくれた。
週末は森歩きイベントがあり、参加した。
ボランティアと視覚障害者、合わせて20人の団体行動で、一人一人にパートナーが付いている。
10kmの森歩きは移動含め5時間ほどかかったが、想像以上に楽しかった。
私は自分のパートナーと人生や恋愛話をして会話に花が咲いた。
目が見えないと言えども、彼らは自由なのだ。
もちろん様々な人たちがいるけれど、当たり前に恋して、美味しい物を食べて、人生を謳歌する。
視覚障害者用のイベントもたくさんあって、映画館や登山、自転車ツアーなど様々ある。
今まで知らなかった世界。
今回参加しなかったら、もしかしたらずっと知らないままでいた世界。
撮影開始まで1週間。私は実践へと切り替えた。
真っ暗の部屋で日常生活を送った。
セリフを発しながら、目の意識を自然に消す練習や、自分を撮影し、不自然にならないよう目や顔の角度を研究した。友人に協力してもらい、サングラスを掛け、目を瞑りながら数時間お散歩をし、カフェに行った。
不思議なことに少しずつ、目ではない、第6感なのだろうか、頭上へと意識が行くようになる。
聞くときは耳ではなく、”意識”で聞いているようだった。
監督と共演者とも何度か練習することができ、撮影までに準備を整えた。
撮影は計1週間あり、困難を極めた。
イギリスから来ているスタッフは15人おり、そのうちの3割は英語しか話せない。
カメラマンと監督の意思疎通が上手くいかず、撮影はなかなか進まない。
予定していたシーンを変更する必要もあった。
雪が降るなか、セーヌ川で朝の3時までの撮影はさすがに骨まで震えた。
私は私で自分の芝居を確認できないため、不安な自分と葛藤した。
さらに相手役のAmbreとは官能的なシーンがあり、私は神経質になっていた。
ビジュアルに重点をおいたこのシーンは体全身にグリセリンを塗り、彼女と抱き合った。
私にとって山場となった。いや、正直毎日が山場だった。
カメラ前で感情を爆発させながら目の意識を消すこと、寒さ、時間との戦い、日々焦りと忍耐の戦いでもあった。
撮影の最終日は地下鉄のゲリラ撮影にて終了した。
私は安堵のため、全身の力が一気に抜けた。
映画は5月に完成する予定だ。
正直、どう完成するか未だに手応えはつかめていない。
でもこれをきっかけにフランスで可能性が広がればいいな。
演じることは自分を知ること、人を理解することだと思う。
少しでも人の人生に関わることは、未知な世界を発掘するような広がりがある。
やっぱり演じることは楽しい。
ようやく自分を好きになれて、人を尊敬し始めた証なのかもしれない。
Posted by 美波
美波
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女優。1986年9月22日生まれ、東京出身。2000 年に『バトル・ロワイアル』(深作欣二監督)で映画デビュー。その後、舞台・映画・ドラマと幅広く活躍している。’14年には文化庁の新進芸術家海外研修制度のメンバーに選ばれ、パリに1年間演劇留学。現在はパリに拠点をおき、多方面で活動している。
2017年11月9日(木)~28日(火)/Bunkamuraシアターコクーン・地方にて、演出・串田和美の『24番地の桜の園』に出演。