JINSEI STORIES
滞仏日記「いろし82歳とさやこ22歳、あまりに素敵なパリ・オペラ物語」 Posted on 2023/11/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、さて、今日は好物のチーズを買いに、オペラ地区にあるチーズのHISADAまで足をのばした父ちゃんであった。
ここは(個人的主観ですが)パリで3本の指に入る父ちゃんおすすめのチーズ屋さんなのである。
今日は、大好物のBrillat Savaran、Mont Briac、Comte(28か月熟成)、・・・の三つをセレクト、最高なのだ。もし、パリにお越しになられるなら、ぜひ、買いましょう。(ここの若大将やっさん41歳が作るおぼろ豆腐も絶品でーす)
とにかく、赤ワインに、最適なのであーるぬーぼー。☜出た!
久田ご夫妻はいつも若々しく元気なのだ。行くと、パワーを貰える。
そのあと、ツジビルの動画生配信を雨空のオペラ座界隈でやったのだが、ざぁ~っと降り出したので、近くの中華レストランに飛びこんだ父ちゃん。ふー。
とにかく、高級チーズを抱えながら、ぼくは天津丼を頼んだのであーるぐれい~。くす。
※ このブリア・サヴァラン、大好物です!!!
ふと、お隣の席に、アジア人の若い女性と、そのむかえに高齢の男性が座って微笑みあっていた。
最初は中国の人かな、と思ったのだけれど、日本語が聞こえてきたので、思わず、
「あ、日本の方ですねー」
と、つい、出てしまった。場をわきまえない、空気を読めない父ちゃんなのであーる。
「はい。そうですが、あなたも日本の方ですね。こちらにお住まいの?」
「そうです。20年、住んでます」
「わ、すごい。わたしは語学学校にこの秋から通いだしたばかり」
「わたしら、クラスメイトなんです」
ぼくはびっくりした。
というのも、おじいさんとそのお孫さんにしか見えないからだ。
「クラスメイトって、同じクラスでフランス語を学んでいる?」
「ええ、ええ、わたしはね、毎年、この季節に、ひと月だけ、フランス語を学びに来るんですよ。もう、早いもので、10年、続けているんですが、一年にひと月だけだから、上達しないんですわ」
「ほー」
「わたしは一年のコースに入ってるんです。来年の夏までのコースです」
「ほー」
「たまたま、席がお隣で、じゃあ、お昼でもどうかね、とお誘いした、赤の他人」
「ほー」
おじいさんはひろしさん、お嬢さんはさやこさん、というのだ。ぼくも名乗ったが、二人とも、珍しい名前ですね、で、終わった。知られていにゃーい、あはは。
まず、ひろしさんの毎年、もう10年も、年に一度、しかも、ひと月だけ語学学校に通い続けている、ということに、興味がわいた。
「ええ、わたしもそこがすごく素敵だな、と思って、今日はそのお話をずっと聞いていたんです」
ぼくも知りたい、と申し出た。
「あ、いや、簡単に言いますと、わたしはかつて技術者で、働いてばかりで、仕事バカで、結婚もせず、なので、子供もおらず、気が付いたら定年で、でも、銀行にちょっとだけお金が残りまして、生きている間に、これをどうやって使い切ろうかな、と。もちろん、ハワイにアパートでも買って、夕陽を眺めて暮らしてもよかったんですが、でも、一人ですから、それじゃあ、寂しい。65歳から、自分の好きなことを学ぼうと決めたんですよ。で、最初は夜間の大学とか受けたりしていたんですが、70歳を過ぎた時に、ふと、子供の頃、憧れていたパリに毎年一か月だけ留学したらいいんじゃないかって、思うようになりましてね、そう決めたらもう、楽しくなっちゃって。ちょうど、10年前、72歳の時に、はじめてこの語学学校に通ってみたんです。でも、一言もフランス語なんか知らなかった。それにたったひと月だから、翌年にはもう忘れちゃうんです。でも、日本からやってきた若い子たちと友だちになれるし、未知の世界を知る楽しさったらなかった。何人か、親しい友だち、日本人だけじゃなく、世界中の人と知り合うことが出来ました。皆さん、語学を学んで、就職していきます。わたしは毎年、ひと月だけ学んで帰る。で、翌年、また一年生の最初の一月をさやこさんのような学生さんたちと一緒に学ぶ、という繰り返し。それが今年でちょうど、10年目になりました」
ぼくは、言葉が出なかった。
なんか、素敵過ぎて、目頭が熱くなるのを覚えた。
「すごいですよね。わたしの祖父と同じ歳なんです。祖父はもう、何にもしてなくて、ずっとテレビを観ています。ぜんぜん、同じ歳には思えない。いろしさん、凄いです」
「いろし? ひろしでしょ?」
「ああ、ほら、仏語って、Hの文字を発音しないですよね? だから、仲良くなった人たちには、いろし、と呼んでもらっているんです。EメールのアドレスもHiroshiじゃなく、Iroshiにかえちゃいました。笑」
「ほえー。わかります。ぼくもHitonari(ひとなり)という名前ですが、仏人はみんな、Itonari(いとなり)、と呼びますからね」
「いいお名前ですね」
と、さやこさんが言った。
「仁を成す、ですな。お父さんとお母さん、いい名前を考えられましたね」
ぼくらは、笑いあった。
いろしさんのように、自分もいつまでも学び続けなきゃ、と思った。思わず、勉強になった。
こういう人と出会うと頭が下がる。
偉そうにしちゃいけないな、と父ちゃんは思うのだった。☜偉そうで、すいません。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
なんか、そのあと、少し談笑をして、分かれましたが、背筋の伸びた素敵な紳士でした。82歳とは思えないつややかな肌で、なにより、笑顔が素敵でした。やっぱ、学び続けること、好奇心を持ち続けることこそ、若さの秘訣なのですね。いろしさん、また、来年、このあたりで、すれ違ったら、お声をおかけしますね。
さて、いよいよ、「パリごはんSP」の再放送ですよ。父ちゃんとその仲間たちの熱血の物語、どうぞ、ご家族皆さんで、ご覧ください。
放送時間はこちらです。
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「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2023SP」
【BSP/4K】11月11日(土)後10:30~11:59
※初回放送 2023年9月16日
※BSP・4K同時
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そして、一時間に及ぶ、熱血パパさんの、貴重なライブ映像!!!!
こちらのURLをクリックしてね。
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https://youtu.be/YIi9N-6kt5g?si=l3SPg4Wt-jpOqToS