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滞仏日記「父ちゃんプライベート美術館に観客がひとりやってきた。あのオヤジです」 Posted on 2023/10/31 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、父ちゃんのパリ拠点事務所にあの男がやってきた。
「来るんか? 来れるんか?」
「あ、ゆばーで行くから大丈夫」
と言いながら、
「ひとなり、どこかわからん」
「どこにいるの?」
「下ろされた場所におる」
ということで、世話の焼けるオヤジこと吞もちゃん(野本)であった。
明日の図録用撮影が終わると、絵のほとんどが日本へと旅立ってしまうので、その前に、ま、一応、友人だし、野本にだけは見せてやろうかな、ということで、お招き。
実は、この周辺に、倉庫などにも使える事務所、事務所兼住居、アトリエなどを3つ借りている。裏で、辻地区と呼んでいる。あはは。
野本に教えた住所が住居兼事務所の方だったのだ。ま、14番地と12番地なので、そんなに離れてはいないが、暗かったので、ポプラの袂で、心細そうに佇んでおった。
「こっちやこっち」
「そっちかいな」
ということで、誰もいない事務所に入る瞬間、「おお、へー、意外と広いね、ほー、なるほど」と漏らしていた。

滞仏日記「父ちゃんプライベート美術館に観客がひとりやってきた。あのオヤジです」

滞仏日記「父ちゃんプライベート美術館に観客がひとりやってきた。あのオヤジです」

滞仏日記「父ちゃんプライベート美術館に観客がひとりやってきた。あのオヤジです」



パリ事務所の仕事は主にすべての創作物の著作権管理が主軸、それとデザインストーリーズ並びにジャパンストーリーズの編集、音楽イベント部門、そして、今は個展関係の仕事など、実は、学芸員もいるのであーるぬーぼー、えへへ。
野本、当事務所の中央に仁王立ちし、はー、ほー、へー、といちいち、何に対してかわからんが、唸っている。
ぼくに隠れて、こっそり、隠し撮りしているのが、見えたので、
「写真撮ってもええよ」
とかまかけたら、正直に、
「あー、えーと、ああ、もう、ちょっと撮ったわ」
と挙動不審人物、そのものになっていた。☜怪しい中年、最近増えましたね。
座る場所もないくらい作品が並んでいるので、ずっと立ったままの二人であった。
「これ、ええな。これ」
「ああ、それ、ぼくもな、気に入ってんねん」
「ほな、これかな」
「買うんか?」
「このシリーズ、全部いいな」
そのシリーズとは「動かぬ時の扉」というシリーズで、自信作だったから、ちょっと嬉しい父ちゃんなのであった。
というか、やはり、はじめて部外者に作品を見られたので、たぶん、これだけの作品を見たのは、事務所の人間以外では、野本だけ。☜特別感あるな。あはは。
同時に、緊張するものであーる。
何言うかわからん、おやじなので、こういう人物に個展前に傷つけられたら、辛い。
「ああ、ええね、ええ感じや」
「そーか」
実は野本ももともと写真家で、2冊くらい自費出版で写真集を出しており、目利きなのでる。
携帯をとりだし、自分が買いたい絵の撮影を、今度は、堂々とやりはじめた。☜たぶん、奥さんに見せるのに違いない。優しい奥さんをもって、羨ましい。☜本音。
「どうしたら、買えるんやろ?」
「画廊を通さないとならんから、どうやろか」
「ほーか。画廊か、東京の、ああ、しかし、ええな、これ」
「ええやろ。ま、無理せんでええよ。その写真眺めて、どうしても欲しくなったら、連絡頂戴、画廊と相談してみる」
「あ、すまんな」
ということで、事務所の鍵をしめ、防犯システムのスイッチをオンにして、出た。
「絵の盗難あったら、やばいな。個展、おじゃん」
野本が言った。
「泥棒にこの価値、わからんやろ」
「いや、わかるやろ」
ぼくらは友だちのフィリッポの店へと向かった。
20年来の仲間だ。彼の店は一日5回転くらいする。そこに、デザイナーの一本線野郎ことやなさんも呼ぶことにした。
やなさんには、秘密の絵画専用ウェブサイトを管理して貰っている。明日の撮影が終われば、全ての作品を新しい写真と入れ替える。
このサイトは、作品がひとの手に渡ったあとも、記録として残していくつもりだ。次の個展の作品もそこに収録されていく。

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美味しいイタリアンを食べた後、まだ、解散するのが名残惜しかったので、ぼくがたまに行く、中華うどんの店に、野本とやなさんを連れて行った。四国うどんをフランスに広めた第一人者の吞もちゃんに、中国手打ちうどん、くわせてやりたかった。
で、ほろ酔い加減で、店を出たら、若い女性と「ばったり出会った街角で~(友情の歌詞)」、女性が、はっとした顔をした。
「つ、辻さん?」
最近、ぼくも老けたので、若い子には知られてないから、すっかり、安心しきっていたら、その子はデザインストーリーズを読んでいるとのことであった。ナイス!!!
イギリスから来ている友だちと二人だった。娘みたいな感じの二人だった。
「デザイナーをやっています」
「ほー、パリで頑張ってるんやね」
「はい!」
明るい子たちだった。最近、日本の若い子たちは、こういう感じの子たちが増えた。かっこつけない、ある意味普通だが、コツコツやる感じの真面目な子たち。
「頑張ってね、応援しているよ」
「ありがとうございます」
ということで、記念撮影をやった。あはは。
ね、みんないい顔しているでしょ?
いつか、この二人が今日、野本が見たぼくの油絵を、どこかで見た時に、あのパリの交差点で会った人の絵やなぁ、と思って貰えるように、時を超えて生き続くことのできる絵を残りの人生で、たくさん描いていこう、と決意した、熱血父ちゃんなのでありました。
新世代賞受賞作(若い世代を応援する賞)も、今、小田急線で、サイネージ公開されているようだし、表現することに、終わりはないし、はじまりは何歳からでもオッケーやし、ということで、皆さん、地平線に向かって、ご一緒に!
「熱血~」

滞仏日記「父ちゃんプライベート美術館に観客がひとりやってきた。あのオヤジです」

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つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今日はずっと、作品に、ニスがけをしてました。事務所は作品が搬出されるまで、使えない感じです。めっちゃ臭くて! ま、今は、テレワークが中心だから、事務所はほぼ倉庫みたいな感じでしょうか、明日の撮影が楽しみです。フォトグラファーの小田さん、よろしくねー。マスク、忘れないでね。

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自分流×帝京大学

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