JINSEI STORIES
退屈日記「友だちは作るものじゃない。増やせばいいというものでもない」 Posted on 2023/10/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、昨夜、夕食の準備をしようかな、と思っていたら、シェフ友のチャールズから、「お誕生日おめでとう」のメッセージが届いた。そのすぐ直後、奥さんのミハーからも届いた。それで二人に、お礼を言った。
「夜、会おう」
ということになり、ご飯を作るのをやめて、隣町のレストランに三四郎と向かった。
彼らのレストランは水曜日が休みなのだ。
で、彼らのライバル店に行った。そこしか開いてなかったのだ、田舎なので。
チャールズはやはり、街の名士だから、彼が店に入ると、お客さんたちが次々に挨拶にやってきた。
普段は彼の店の常連たちだけれど、チャールズの店が休みなので、その日はみんなそこに集まっていた。
チャールズははじめてやって来た店だったようで、メニューを隅々までチェックし、味も、いちいち、評論家のように意見を述べていた。やはり、そういうの、気になるのだな、と思って、ぼくは思わず微笑んでしまった。
ま、それはいいとして、乾杯をした。三四郎と歩いてここまで来た。帰りも歩くつもりなので、あまり飲めない。45分は歩かないとならないからだ。田舎道を・・・。
ま、それはいいとして、先日日記にも書いた、一昨日、自分の家の近くまで運転してきたのに、鍵がないことに気が付き、引き返したことを、面白おかしく彼らに伝えた。笑って貰いたかったからだ。
すると、二人が怒りだした。
予想もしない、激怒であった。
何で、起こったのかというと、・・・。
「ひと、水臭いじゃない。なんで、一本電話をくれないの」
ミハーがまず、怒った。
「うちに泊ればいいじゃないか」
チャールズが口を挟んだ。
そこからミハーが、友だちとは何かについて、とくとくとぼくに説教をしはじめたのだ。「あなたと知り合って、わたしたちは本当の友達だと思っている。友だちはそういう困った時にこそ、支え合うものなのよ。それを黙って帰るだなんて、おかしい」
「いや、でも、迷惑かけられないし」
「迷惑? あのね、損得じゃないんだよ。ぼくらは君を家族みたいに思っているんだ。損得で物事を考えたことは一度もない」
それはぼくもそうなのだ。
チャールズの店の宣伝をDSで書いたことが一度もないでしょ?
彼のレストランの名前を吹聴したこともない。なぜなら、彼らとはそういう関係になりたくない。
彼らもぼくにインフルエンサーのようなことをしてほしくないので、一切、書かないで、とある時に言われた。
「いいかい、ひと、ぼくらはずっと、このまま仲良く静かにいつも普通に会って、笑って、困った時は助け合って、ずっとずっと一緒に生きていきたいんだ。それが友だちだからだ」
ぼくは泣きそうになった。
「ごめんね。次に鍵を忘れた時は、すぐに電話する」
「ひと、うちに鍵のコピーを置いておきなさいよ」
「ああ、そうだね。そうする」
昔、ぼくには友だちが一人もいなかった。心配した母親が、「お前は誰かの家に招かれることがないのかい? いつも一人で遊んでいるのかい? 友だちを作りなさい」と叱られたことがあった、たしか、小学生の頃のことだ。
ぼくは反発を覚えて、反論した。
「ママ、友だちは作るものじゃないし、増やすものじゃない。自慢するものでもないし、ひけらかすものでもない。ぼくには友だちがいないけれど、いつか現れる。友だちは、そうだ、いつか自然に現れるものなんだよ。そして、生涯に、本当の友だちというのは一人とか二人とかかもしれない。数を競うものじゃないんだ。わかった? ぼくは、自然と誰かがぼくの前にやってくる運命の日のために、毎日笑顔で生きているんだ」
この気持ちは今もかわらない。
ノルマンディでずっと生きていきたいと思うようになった一つの理由は、チャールズとミハーの存在であった。彼らの子供たちだった。この子たちからもテレビ電話があり、「ひとさん、おめでとう」と言われた。
でも、彼らにこの日記を見せたこともない。
彼らの本名はちょっと違うのだ。実名ではない。写真は本物だけれど、チャールズの写真だけ使わせてもらっている。
ぼくにも、ささやかながら、逃げる場所があり、苦しい時は倒れることが出来る場所がある。その人たちはぼくにとって、大切な友だちなのである。
「ぼくはチャールズでいいんだよ。その日記の中で、ぼくはチャールズとして描かれていることを嬉しく思うよ。残念ながら読めないけれど」
このことを暴露すると、こうつぶやき、チャールズが笑っていた。
いい夜であった。
友だちは作るものじゃない。増やせばいいというものでもない。ある日、気が付くものなのだ。ここに友だちがいるではないか、と・・・。
※、歩いたので、いい運動になりました。家の前で。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
本当に少しずつ、少しずつ、でも気が付くと、ピエールだとか、ポール卿だとか、アドリアンとか、友だちが自然と増えてきました。マーシャルのことはテレビで紹介しちゃったので、時々、日本人のお客さんが来てくださるようですが、「皆さん、いい人だよ」と彼は喜んでくれています。もちろん、マーシャルも友だちだから、実はできるだけ、NHKの方々には店の名前を出さないように、編集を、お願いしてきたのだけれど、やっぱり、パリジャンにはだいたいわかるんですね。あはは。そのマーシャルも出る、最終回の「パリごはん、SP」が10月8日に再放送されますので、まだご覧になってない皆さん、ぜひ、チェックしてみてくださいませ。えへへ。
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