JINSEI STORIES
退屈日記「40歳と言われ、めっちゃ気をよくした父ちゃん。最高に幸せな日」 Posted on 2023/09/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は来年の伊勢丹アートギャラリーで行われる個展会場とかデパートのどこかで流されるサイネージ? つまり、会期中に流す電子看板(動画のディスプレイ)の撮影がノルマンディのアトリエで行われたのだった。
カーンという近くの都市で映像作家をやっているジャン・ガブリエルさんチームに依頼したのだった。(カフェで意気投合したのだった! 誰とでもすぐに仲良くなる父ちゃんマン}
父ちゃんのアトリエに3人のフランス人がやってきた。若い映像作家の3人組、父ちゃんの絵にめっちゃ興味津々。
アパルトマン中の壁に並ぶ大作を見て、うわああ、と声が弾けた。
「すごいすごいすごい、大好きこの世界観!!!」
と紅一点のステファニーちゃん。
なんにでも興味を示す子っているじゃないですか?
そんな子であった。
「これ、どうやって描くの? ムッシュ」
「あはは、これはね、パレットナイフだけで描いてるんだよ。筆は使わないんだ」
「へー、面白い」
「シュールな絵ですけど、いったい何を描いてるの?」
「何? って、窓から見えるノルマンディの風景かな」
「えええ、でも、アブストラクトじゃないですか?」
すると横から、髭を生やした、これまた若いエンジニアのトニーが口を挟むのだった。
「新しいですよね。見たことない」
「ありがとう。嬉しいな」
新宿のデパートのディスプレイで会期中、この動画が流されるのだ、と説明すると、漫画世代の若い映像作家たちは目を輝かせていた。
「しんじゅく!!! すごい」
「東京に行きたい」
「ここ最近で一番刺激的な仕事かもしれません」
三人が楽しそうに言うので、父ちゃん、まんざらではなかった。日本人でよかった・・・。
ということで、父ちゃんが絵を描いている風景を、彼らがが撮影しはじめた。
「ムッシュはいつも通り、絵を描いていてください。ぼくら、適当に撮影やりますから」
この田舎のパルとマン、NHK・BSの「パリごはん」でよく登場するので、知っている人も多いと思うが、築150年以上経つ古い建物の最上階、屋根裏部屋なのだった。
階段を上ったところに狭いけど、小窓があって、小さな書庫を作ったのだけれど、ここでは、小さな絵(だいたいF12号くらいまで)を描いている。
そこから見えるノルマンディの風景を元に、シュールな父ちゃんの世界(物語)が生まれていくのだ。父ちゃんだけに見えている見えないものたちの姿を・・・。
その隣にある15畳の仕事部屋では、主に、大作絵画(だいたいF50号、F60号)が描かれている。音響システムから一日中、エリック・サティが流れている。
エリックの育ったオンフルールが森の向こう側にある。
ぼくが絵に向かっている姿を彼らが静かに撮影していた。三四郎は若い3人のフランス人映像作家が気になるみいたいで、とくにステファニーにまとわりついていた。
「かわいいわ」
「サンシーって言うんだよ。彼はノルマンディ生まれだ」
「へー、この子も撮影していいです?」
「いいよ、もちろん」
新宿伊勢丹で流れる動画は1分とのことだった。あまり、人々の足を止めたくない、でも関心を持ってほしい、という難しい依頼。なので、1分程度のサイズにしてほしい、というのであーる。
「いつもムッシュが絵を描いている時、この子はどこにいるんですか?」
「足元にいるよ。そこのクッション椅子の上かな」
「いいですね。それ、すごくいい。撮影しますね。出来るだけ、普段の生活風景をそのまま封じ込めたいです。なので、カメラを意識しないで、自由にやってください」
「ありがとう」
ぼくは新しい絵に向かった。
今、描いているのは、ルフレ(反射世界)というタイトルの小さな作品ばかりだ。ノルマンディの海岸に水たまりが出来て、周辺の家がそこに反射するのである。
水たまりが消えるまでの数時間、そこに幻想の街が生まれる。
「個展のメインタイトルは、Les Invisible(見えないものたち)というんだよ。で、副題が、ノルマンディ情景、というのだ。パリにもアトリエがあって、そっちで描かれているのはパリの情景」
「情景か、でも、完全にムッシュの頭の中の奇妙な世界ですよね」とトニー君。
「わたし、大好き。この絵たち。なんか、幻想的ですごい」とステファニーちゃん。
ガブリエルが口を挟んだ。アトリエでの撮影が終わり、三四郎と海を歩いているところを撮影しようということになったのだ。
「あの、失礼ですが」
と、ガブリエル。
「ちょっとつかぬことをお聞きしますが、ムッシュは何歳?」
「え?」
「というのは、ムッシュが書いた小説、ここにある白仏ですけど、ほら、最後のページに、1999年出版とある」
「ああ、(笑)、何歳だと思う?」
ステファニーが目を輝かせて、ぼくの顔を下からじろじろと眺めた。
「40歳」
「まさか、20年前に白仏が出版されているから、ええと、45歳?」
ぼくは笑い出した。
読者のみなさん、これ、話を盛ってるわけじゃないのであーる。
気をよくした父ちゃん、三人に、玄米茶を淹れて、日本から持ってきたレモンケーキを添えてやった、ふふふ、わかりやすい性格だ、・・・。
三四郎が笑っている。そんな気がした。
今日は、ちょっと若返ったような気がしたのだった。
「残念だね、ぼくは57歳だよ」
「ええええ、若い!!!!」
57歳!!!!!!!!!!!!!!!!
ということで、年々若返る父ちゃんなのでありました。
ちゃんちゃん。えへへ。