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退屈日記「在ベルギーEU日本大使と街角のテラス席で世界のことを語り合った、熱血夜」 Posted on 2023/09/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスに在仏日本大使がいらっしゃるように、欧州の首都的な役割があるベルギーには、在ベルギーEU日本大使がいらっしゃって、おなじみ野本氏の紹介で親しくなり、SMSを通し、やりとりをしてきた。
お会いしたことがなかったが、歯に衣着せぬ意見を繰り出す、官僚にしては珍しいタイプのお方で、会ってみたいな、と思っていたのだ。
日本のこれからについて、世界のこれからについて、だいたいぼくと同じような考えを持っているところも面白かった。
その在ベルギー、EU日本大使の正木大使と本サイトではおなじみの「呑もちゃん」こと野本氏の三人で、行きつけのアジアレストランで合流をした。
吞もちゃんはそこのレストランの前の公園のベンチに座っていた。黄昏ており、老境の佇まい・・・。
「なにしてるん?」
背後から声をかけると、ぼくをゆっくりと振り返り、
「あー、あの、ええと、ほら、自転車で来たから、早く着きすぎた」
とわけのわからないことを言った。
いいから、行こうか、もう正木さん、レストランに着いてるみたいよ、と肩を叩いた。
何か、そういうお爺ちゃんいるじゃないですか、口を結んでよっこらしょ、とベンチから、立ち上がると、野本氏、ふらふら歩きだした。
「大丈夫?」
「え、ああ、もちろん、大丈夫、いや、いやね、日曜、月曜も働いてる」
「マジか」
「営業時間かえた。オリンピックに向けて、お、おれも、進化してる」
あはは。
進化してるの意味が間違えているが、ま、野本らしい。
レストラン業界は活況らしい。フランスはオリンピックを目前に、空前の人出なのだ。
「あの、ほら、べ、弁当業もはじめた。焼肉弁当、焼き鳥弁当、そのほか、いろいろ」
「マジか。すごいな。相変わらずのビジネスマンやなぁ」
「(奇妙な笑い)し、進化せな。いくつになっても」
いいことを言う。さすが野本だ。

退屈日記「在ベルギーEU日本大使と街角のテラス席で世界のことを語り合った、熱血夜」

退屈日記「在ベルギーEU日本大使と街角のテラス席で世界のことを語り合った、熱血夜」



正木さんとは初対面だが、昔から知っているような雰囲気があった。
高官なので、あまり全部は書けないが、この人が面白いと思ったのは、言葉を選ばないで、即答するところだった。
政治や人間関係、ご自身の立場を超えて、はっきりとものを言うところに、まず、好感を持つことが出来た。
戦争の行方や、日本経済の今後、中国との関係、欧米のこれからなど、様々な意見交換をやったが、ぼくが言い切る前に、同意する、あの即秒感が凄かったし、ほぼ、考えていること、見ている世界観が一緒だったので、久しぶり、本当に面白かったのであーる。
野本氏と飲んでも、あまり、というか、そういう会話はゼロやったからね・・・。笑。
今後の日本経済の行方などについても「今の日本は、まず、水素エンジンに注力するトヨタの今後に左右される可能性がありますね」とぼくが告げると、正木さんも、遠くの空を見上げて、小さく頷かれていた。
トヨタは世界一の自動車会社だが、EV分野では世界27位と出遅れているのだ。
しかし、ぼくよりも正木さんの方が楽観的な考えを持っていらっしゃったかなぁ。
ぼくはそもそも悲観的な人間なので、引いて考えているようなところがある。
正木さんは政府のお仕事をされているから、本音は言うが、おおよそ、前向きな考えのもとに行動されているようなところがあった。
しかし、気を抜けないというような緊張感を常に抱えながら・・・。
大人になると心を見せないで場を取り繕う人が多いが、この人は、プライベートな時間での席だったということもあるが、自由な価値観を抱え、発言されていた。
時々、そういう熱いぼくらの会話に、吞もちゃんが想いが余って口を挟んできた。
「あ、ほら、それ、あれ、だから、ええと、それね~・・・」
もちろん、気持ちは参加したいのだけど、声ばかりが大きく、中身に到達しないので、ぼくらは笑った。和んだ。
これが、大使公邸で大使という立場でお会いしたなら、ここまで打ち解けた空気に包まれることはなかったかもしれない。あくまでも、プライベートタイム。
ポロシャツで現れ、手にはお土産のスペキュロス(クッキー)を二つ抱えて、レストランの前で立ち尽くしていた休日の大使の姿は、実に人間的でもありました。
「ぼくははっきり言いすぎるから、きっと出世はしません」
こういうことを言い残して、正木大使は、暮れなずむパリの街の中へと、消えていかれたのだ。面白い人間であった。
次は、ベルギーでお会いたいものであります。

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つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
日本大使館の歴史は実に古く、黎明期の在仏日本大使館について、ぼくは「永遠者」という小説の中で、書いたことがあります。どうやって、日本はフランスに大使館を作ったのか、20年前、パリにいた公司さんに取材したことがありました。その当時、正木さんも、フランス大使館で働いていたのだとか・・・。息子が生まれた頃ですね、同じ界隈に住んでいたとのこと・・・。声をかけるべきか、ずいぶんと悩んで声をかけませんでした、とのことで、世界は狭いですな。あはは。
さーて、父ちゃんからの、お知らせだよー!!!

NHK/BS「ボンジュール、辻仁成のパリごはん」
いま、毎日、放送中だよ!!!!!!
新作は16日!!!
今後の全ての放送スケジュールがアップになりました。
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/schedule/

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