PANORAMA STORIES
巨大なヒヨコが出没する大人気の町、フランス・ペイザージュ日和⑥ Posted on 2023/08/14 水眞 洋子 ペイザジスト パリ
「親愛なるエミールへ。お元気ですか?
最近私は、あなたことをよく考えています。
とっておきのプレゼントを、あなたに贈りたいと思っています。
それは、宇宙旅行!
いろんな星々を巡る旅を、あなたにプレゼントします。
ロケットは、私が発明しました。
このロケットの燃料は、《笑い》です。
いっぱい笑うと、グングン宇宙を進むことができます。
お友達のヒヨコさん達と、たくさん冗談を言って合いながら、
宇宙を旅してください。
たくさん笑ってね、エミール。
素敵な旅を。 ジャッドより」
パリから南西に高速鉄道(TGV)で2時間弱のところに、
ナントという地方都市があります。
(参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88)
人口約30万人のこの都市で、2010年の夏、奇妙な事件がおきました。
巨大なヒヨコが、出没するようになったのです。
駅前のナント植物園の芝生の上で、のんびり昼寝するヒヨコの姿が度々目撃され、地方紙を賑わすようになりました。
巨大ヒヨコのウワサは瞬く間に広がり、一目見ようと、多くの市民が植物園に足を運ぶようになりました。
目撃写真がこちらです。
愛くるしい寝顔と、大胆な寝相に、ヒヨコはすっかりナント市民の人気者になり、いつしか「エミール」と呼ばれるようになりました。
エミールは、ナントがすっかり気に入ったようで、秋に忽然と姿を消すものの、春になると再び植物園に現れるようになりました。
地方紙には、「巨大ヒロコ・エミール、今年も再び現れる!!」と報じ、市民たちは、エミールの再来を喜んで迎えました。
ある年は、エミールが快適に過ごせるように、
大きなベンチとクッションを設置してあげたり、
またある年は、子供たちも添い寝してあげられるようにフカフカの芝生が用意してあげたり、
また、エミールの帰省を祝うイベントが開催されたりしました。
このイベントで、100人以上の子供たちがエミールに手紙を送りました。
文頭で紹介した手記は、8歳の女の子ジャッドが認めた手紙です。
エミールが出没するようになってからというもの、ナントの植物園の利用者数は急増し、4年間で100万人から200万人へと2倍に増えました。
また、エミールが街中を自由に移動できるようにと、市街地内の緑地を増やして欲しいという市民の声が広がるようになりました。
これらの市民の声を聞く形で市が予算を投じ、市内には、公園やクスエアなどの緑地が、新たに多く作られるようになりました。
今日ナントは、フランスで最も緑あふれる街の一つとなっています。
ちょっとしたブームとなった、この「エミール現象」。
実は、タネを明かすと、仕掛け人がいます、それはナント市緑地環境局のジャック・ソワニヨン(Jacques Soignon)局長です。
※右がジャック・ソワニヨンさん
30年以上、ナントの公園や緑地の政策に関わり続けるベテランの職員さんです。
ジャックさんは、今やナントの公園には欠かせない存在です。
というのも、彼が局長になってからというもの、様々な夢のある企画が、市内の公園のいたるところで行われるようになり、市民が公園にたくさん訪れるようになったからです。
エミールの企画もその一つ。
「公園に絵本の世界があったらおもしろいのではないか?」と、ある夜息子に読み聞かせながら閃いたジャックさんは、絵本作家クロッド・ポンチ(Claude Ponti)さんにお願いし、「巨大ヒヨコ」の物語を書き下ろしてもらいました。
http://lesenfantsalapage.com/quand-claude-ponti-fait-courir-ses-poussins/
製作は、同局の職員の庭師チームが担当。
苗圃にある植物で、丁寧に一つ一つ作製しました。
地方紙に記事を書いてもらうよう依頼したのは、無論ジャックさんです(笑)。
一般的に、自治体が管理する公園や緑地を「公共緑地」をいい、ジャックさんのように、公共緑地を維持管理する市の公務員の庭師を「直営庭師」といいます。
ナント市には、この「直営庭師」が300人ほどいます。
これは近年のフランスでは、とても珍しいケースです。
予算削減を理由に。
公共緑地の維持管理を民間に外注する自治体が増えているからです。
この「直営庭師」という働き方に、ジャックさんは強い誇りと希望を持っています。
「私は、直営庭師は世界一幸せな仕事だと思っています。なぜなら、市民に《笑い》や《驚き》といった《幸せ》を届けることができるからです。心を込めて公園や緑地を管理すると、それは市民に必ず伝わります。そうすると幸せ指数が倍増し、市民に愛される町となります。緑で《夢》を提供することは、私たち直営庭師の使命です。決して単なる《役人集団》に成り下がってはいけないのです。」
@ Ouest France: https://www.ouest-france.fr/pays-de-la-loire/nantes-44000/nantes-pour-verdir-la-ville-sont-ils-assez-de-jardiniers-2a486678-0dc1-11ed-be87-294c12aa52e6
部下たちに「《緑のパフォーマー》であれ!」というの口グセのジャックさん。
緑地が元気になると、街は必ず元気になり、町の経済が潤うと断言します。
彼が率いる緑地環境局は活気で満ち溢れ、巨大ヒヨコ・エミールの企画以降も、様々な斬新な企画を実施しています。
その一つが《ヴォヤージュ・ア・ナント(Voyage à Nantes)》「ナントの旅」です。
ナント市では数年前より周辺の23都市と協力して、7月から2ヶ月間開催しています。
その名が示す通り、市街地の庭園や観光名所、60以上のアート作品を巡るのが、同イベントの趣旨です。
路上に引かれたコースラインに沿って進むと全ての名所を観光できるシステムとなっているのですが、内容は盛りだくさんで、徒歩で1周すると7時間、各名所や作品をじっくり観覧すると5日半もかかります。
これらの名所や作品の多くがグリーンアートやランドアートなど、緑や景観をテーマとした作品で、公園などの公共緑地に設置されています。
近年では、アーティスト、ジャン・ジュリアンさんの作品が展示されました。
※アーティスト、ジャン・ジュリアンの作品 @ France Ouest https://www.ouest-france.fr/pays-de-la-loire/nantes-44000/voyage-a-nantes-les-oeuvres-arrivent-dans-la-ville-petit-a-petit-192ed806-bc3b-11ea-9f1d-395ccf7f7210
https://www.linkedin.com/posts/nicolas-visier-073411a7_nantes-jardindesplantes-jeanjullien-activity-6946352043401871360-dk40?trk=public_profile_like_view
これらの作品の多くは、アーティストによって考案され、緑化局の庭師によって制作されています。
https://metropole.nantes.fr/actualites/2022/culture-loisirs-patrimoine/demontage-oeuvres-jean-jullien
「ナントの旅」に訪れる観光客は年々増加しており、今では60万人以上に上りました。
展示されたアート作品の一部はイベント後もそのまま保存され、ナント市のシンボルとして愛され続けています。
コンクリート張りだった住宅街が、見事な庭園になった事例もあります。
アーティスト・エヴォール(Evor)さんの作品「インター・ジャングル」です。
https://www.instagram.com/jungleinterieure/
このイベントが奏功し、近年のナント市は、芸術・文化・庭の街として高く評価されています。
「最も住みたい町」の上位に毎年ランキングされ、特に若い世代の急増には、目覚ましいものがあります。
「緑地が元気になれば、観光客が集まり、人口が増えます。すると不動産、飲食業、ホテル業、農業・産業などが恩恵をうけます。公共緑地に十分な予算を投じることは、街全体の利益につながるのです。これこそ費用対効果のよい緑地管理だと思いませんか?」と真剣な面持ちで語るジャックさん。
彼が現役最後に手がけた公園「エクストラオーディナリー・ガーデン」は、すでにナントの重要なガーデン・ツーリズムの名所の一つとなっています。
@ Phytolab https://www.phytolab.fr/jardin-extraordinaire-premiere-partie/
ジャックさんは数年前から一線を退きましたが、彼の哲学はナントの町に脈々と息づき、「公園の最前線の街ナント」の進化を大いに支えています。
ご高覧いただきありがとうございました。
Posted by 水眞 洋子
水眞 洋子
▷記事一覧水眞 洋子(みずま ようこ)
大阪府生まれ。琉球大学農学部卒業後、JICA青年海外協力隊の植林隊員及びNGO《緑のサヘル》の職員として約4年間アフリカのブルキナ・ファソで緑化活動に従事。2009年よりフランスの名門校・国立ヴェルサイユ高等ペイザージュ学校にて景観学・造園学を学ぶ。「日本の公園 におけるフランス造園学の影響 」をテーマに博士論文を執筆。現在は研究のかたわら、日仏間の造園交流事業や文化・芸術・技能交流事業、執筆・講演などの活動を幅広く展開中。
ヴェルサイユ国立高等ペイザージュ学校付属研究室(LAREP)、パリ・東アジア文明研究センター所属研究所(CRCAO)、ギュスターヴ・エッフェル大学に所属。シエル・ペイザージュ代表。博士(ペイザージュ・造園)。