JINSEI STORIES

滞仏日記「あはは、とか、えへへ、とか言わない。上品なパリの朝ごはんをご紹介」 Posted on 2023/07/24 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「あはは、とか、えへへ、とか言わない。上品なパリの朝ごはんをご紹介」

某月某日、日曜日なのだった。
何もすることがないし、気力もおきない上に、めっちゃ早起きしてしまい、一日が長すぎて、お腹が空きすぎて、昼ごはんまで待てないので、近所のカフェに、朝昼兼用で何か胃袋にいれるために、とりあえず、外出したのであった。
ぼくは、「子供や犬の世話をしてないと、自分を保てない病」なのに違いない。
ちなみに、十斗はフランス人の同級生らとソウルを満喫中。
「どう?」
「すごい」
「何が?」
「ぜんぶ」
ぜんぜん、何が凄いのかわからないのだけれど、また、パリに戻ってきたら、韓国かぶれになって、大騒ぎをするのかもしれない。やれやれ。
三四郎はミニチュアダックスの子が一緒らしく、ずっと、その子と遊んでいるらしい。(ジュリア情報)
ひとまず、よかった。
ぼくは静かなカフェの窓際に陣取り、若いお姉さんギャルソンに、カフェオレとチーズオムレツを注文したのだった。
朝ごはんのことを「プティ・デジュネ」という。(昼ごはんをデジュネ、プティが付くので、小さい昼ごはんということなのかねぇ)
平べったいオムレツだった。中に多分、四角いチーズを包んだのであろう。
マヨネーズとケチャップとマスタードをつけて食べた。
静かな朝である。
ゆっくりと時間が流れている。
食事が終わったあと、パソコンを取り出し、ここで、書き物をした。
日曜だが、エッセイの締め切り日だったので、「アートとパリ」というテーマで一本書いた。
パリの街並みを眺めながら書くにはちょうどいい。すらすらっと筆が進んだ。
遠くの席に、やはりパソコンを開いて仕事をしているムッシュがいた。
日曜日の午前中の、このまったりした時間の流れは悪くない。
パリは街自体が芸術なのだ、というようなことを書いた。
依頼主はファッション雑誌だから、ファッション系の人が好むような上品な文体にした。
あはは、とか、えへへ、とか、そういう軽い言葉は避けるのだ。
父ちゃんの本質は上品なので(笑わない)、普段の日記とはぜんぜん違う、うっとりするような文体を綴って、送ったのであーる。
この「あーる」とかも、書かないのであーる。あはは。

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それにしても日曜の朝のカフェオレは最高、実に落ち着いた。
大きなカップを両手でつかんで、心を温めるように、少しずつ飲む。
視界が映画のワンシーンのようじゃないか。
中年三人組が自転車でやって来て、交差点に停まり、地図を開いて、ああだこうだ、議論しはじめた。サイクリングをしているのだろう。
「ママ、待ってよ」
おっと、反対側から日本語が聞こえてきた。
4人家族の日本人だった。男の子と女の子は現地校に入っている感じ。
女の子がお母さんを追いかけ、男の子とお父さんは後ろからゆっくり歩いてくる。
若い家族だ。
こんな時もあったなぁ、と過去を思い出しながら、苦笑した。

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こんなに長く、フランスに居座るとは思ってもいなかった。
カフェオレの味がもうすっかり懐かしい。
20年もこればっかり飲んで来たので、好みのカフェオレというのがあって、ここの店のは、まさに、それに近い。
強いコーヒーで牛乳を割っている、つまり、脂肪分よりも、コーヒーの苦みがきちんと感じられる凛々しいカフェオレなのだ。
バゲットをカフェオレにちょっと浸して食べるのが、フランスの朝のスタイル。
コーヒー成分が強く感じた方が、バゲットが美味しくなる。☜あくまでも個人的な感想です。
あ、そうそう、チーズオムレツが出てきた時に、店のお姉さんに、バゲットもください、と言ったら、きょとんとした顔をされた。
怪訝な顔をして、そそくさと去り、奥にいる店の上司と相談しはじめたので、また、勘違いをしているな、と思った。
お箸のこともバゲットという。(baguettes、箸は二本だから語尾にsが付く、でも、フランス語では発音しない)
普通、この状況で、バゲットほしい、と言ったらフランスのパンだって、わかるだろうけれど、ぼくが日本人だからなのかなぁ、お姉さん、想像し過ぎ。
「パンのバゲットですよ」
と告げると、あー、なるほど、と頷き、笑顔になった。わかるやろ!
お互い笑顔になって、なんとなく、日曜日の朝がひとつにまとまったので、よしよし。
今日はカフェオレにバゲットをつけて、完食、いい朝である。
もう一本、エッセイをやっつけてやろう。

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人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今日はとくに何もない、静かなお話でしたね。でも、毎日、いろいろなことがおこる辻家ですけれど、こういう日が一番ホッとします。疲れた時は、カフェオレ、いいですよ。自分の好みの味を出してくれるお店を探してみてくださいね。ぼくももうすぐ日本なので、探してみようかな・・・。
さて、ライブ、待ち遠しいですが、万全です。8月24日の福岡国際会議場メインホールを皮切りに4か所回りますよ、パリの爽やかな風を連れていきますー。お楽しみに。

そして、8月13日、今年最後の「小説教室」が待っています。お勉強されたい皆さん、ぜひ、下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいね。
はい、ぼくからは以上です。えへへ。

地球カレッジ
自分流×帝京大学

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