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いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ Posted on 2023/07/22 岸 志帆莉 文筆業、大学研究員 中国・江蘇省

 
長らく街に彩りを添えてきたアジサイが終わりを迎え、蓮やサルスベリなどの夏の花が盛りになってきた。
 

いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ

 
ここ中国の江南地方では、アジサイは春頃から人々の目を楽しませてくれた。
4月上旬のある日、街を歩いていたら桜の木くらいの高さはあるアジサイの巨木を発見して驚いたことがある。
大陸ではアジサイもここまで成長するものか……!と圧倒された。
 

いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ



 
アジサイの原産は日本だけれど、こちらでは土地が広いことに加えて品種改良が進んでおり、種類が多い。
さらに南から北へとゆっくり開花が進むため、時期的にも長く楽しめるということだ。

アジサイを「紫陽花」と表すようになった由来は中国にある。
唐代の詩人・白居易にこんな詩がある。

何年植向仙壇上
早晩移栽到梵家
雖在人閒人不識 
與君名作紫陽花
(白居易「紫陽花」)

いつの時代に仙界に植えられたものなのだろう
そしていつ、この寺にまで植えられるようになったのだろう
人の世にありながら誰もその名を知らない
君に紫陽花という名をあげよう
(拙訳)

これを読んだ平安時代の歌人・源順(みなもとのしたごう)が、この詩に出てくる花をアジサイのことだと考え、アジサイに「紫陽花」とあてたのがはじまりらしい。
ちなみにその誰も知らない花というのがいったい何の花であったのかははっきりしていない。
まるで古代からの謎かけのようだ。

中国語でアジサイは「繡球花」(シウチウファ)という。
刺繍した手まりのような花、という意味。
たしかに街中に色とりどりの手まりが浮かんでいるみたいだ。
 

いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ

地球カレッジ



 
こんなふうに日中間で意味が変わっていった言葉はアジサイだけにとどまらない。
たとえば「鮎」という字は中国語でナマズを意味するし、「野菜」は雑草や野草を意味する。
そういえば一度、タクシーの運転手さんがスマートフォンで誰かと会話をしていたとき、お相手の表示名が「老婆」となっていて驚いたことがあった。
老婆という言葉は中国語では純粋に妻を意味し、ネガティブなニュアンスはない。
あとで調べてほっとしたことを覚えている。

ちなみに夫のことは「先生」や「老公」という。
どちらも日本語とは意味が異なっておもしろい(後者はどうしても水戸の御老公様を連想してしまう)。
個人的に一番驚いたのは、「娘」が中国語で母親を意味するということ。
意味が異なるどころかこんなふうに真逆のものを指すパターンもあり、興味が尽きない。
 

いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ



 
こういう状況になった経緯は、今となっては分からないものも多い。
ひとつ言えるのは、先人たちが残してくれたこれらの小さな謎が、互いの言葉を学ぶうえでの絶妙なスパイスになっているということだ。

日本に来た中国人留学生が動物園で「麒麟」を見られると聞いていってみたら、あの首の長いキリンが出てきて笑ってしまったというエピソードを聞いたことがある。
日本語を学ぶ中国の人にとっても、日本で使われる漢字表現にはきっと戸惑うことしきりなのだろう。
ちなみに中国でもキリンが麒麟と紹介されたことは過去にあったようだけれど、早々にその名称は剥奪され、現代では「長頸鹿」(チャンジンルウ)と呼ばれている。
 

いにしえからの謎かけ ―言葉を学ぶ愉しみ



 
いにしえの人々が残してくれたこれらの謎が、互いの言葉を学ぶ愉しみを現代の私たちに授けてくれる。
今日も海の両側で笑ったり苦悩したりしながら壮大な謎解きに取り組んでいる人たちがいると思うと、その途方もなさに笑みがこぼれてしまうのだ。
 

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Posted by 岸 志帆莉

岸 志帆莉

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東京生まれ。大学卒業後、出版社で働きながら大学院で教育を学ぶ。その後フランスに渡り、デジタル教育をテーマに研究。パリ大学教育工学修士。現在は大学オンライン化などをテーマに取材をしつつ、メディアにエッセイや短歌作品などを寄稿。2023年より中国・江蘇省に拠点を移す。