JINSEI STORIES
滞仏日記「息子がまたまたやってきた。久々のかっちーん。頭が上がらなくなっている!」 Posted on 2023/07/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、またまたまた、息子が我が家にご飯を食べにやって来た。
ちょっと締切日だったので、三四郎を十斗に預けて、仕事に専念した父ちゃんであった。
で、仕事が終わったら、あるものをちゃちゃっと作って、つつきあった、のだけれど、こんなに頻繁に来るからには、もしかすると、寂しいのかもしれない。
「何で、来た?」
「コピーしに」
「コピー機くらいあるでしょ?」
「あ、うちの調子悪いんだ」
ほー。やっぱ、寂しいのかもしれない。
三四郎は喜んでいる。三四郎が十斗の膝の上にいる。
さんちゃん、一日中、やることもないし、家でごろごろして、父ちゃんのストーカーばかりしているので、お客さん、とくに息子君は、大歓迎なのである。
三四郎が十斗の顔めがけてジャンプする絵を見て、和んだ。
ああ、ここに家族の姿があるなぁ、と思った。
思春期反抗期だった中高を過ぎて、大学生になった息子君、一人暮らしをして自炊するようになったら、社会性もぐんと増し、父ちゃんの気持ちも(多分)理解できるようになってきた。
ま、人間の進む道をちゃんと進んでいる、ということであーる。
「で、大学の申請問題、今のところ大丈夫だね」
「うん。韓国から戻ったらやる」
息子の同級生が今、韓国のソウルに留学しているのである。
十斗はこの夏、その友達のところに転がり込む予定なのだ。
「韓国、はじめてでしょ? 一人で行けるの?」
「たぶん。インチョン空港から一時間だって」
「韓国語、喋れるの?」
「まさか」
「英語は?」
「ペラペラだよ」
「嘘だ」
ちょうど、BBCのラジオを聞いていたので、ボリュームをあげた。
「これ、なんて言ってる?」
耳を傾ける息子・・・。
「え、ええと、あ、NATOの会議がリトアニア? ビリニュス、たぶん、首都だね、であって。ゼレンスキーとかエルドワンとか、いろいろ集結しているみたい」
パパにはさっぱりわからない。英語が出来るのか、ほー。負けた。
「で、どこにその友だちは住んでるの? 」
「ええと、イテウオン」
「イテウオン! 事故があったとこじゃん」
「そうかな。知らない」
うう、心配だ。(こっそりネットで調べる父ちゃん・・・)
「だいたい韓国で何やるの?」
「たぶん、そこの家でゲーム」
「は?」
「彼、昼間は大学に行ってるから、ぼくひとりでしょ? だから、家にいて奴が大学から戻るのを待つ感じ」
「つまんないじゃん」
「でも、空気感は感じることが出来る」
「くうきかん? 何日行くの?」
「一週間」
「一週間、空気感? で、その後、東京?」
「うん、別のフランス人の音楽仲間たちが新宿に集結して、ライブやるから参加」
「は? ライブ? あぶなくねー?」
「パパ、いちいちうるさいよ。ぼくが何をしてもぼくの自由でしょ?」
「新宿は危ねーぞ。歌舞伎町とか、めっちゃやばいぞ」
「あ、そこだよ」
「ええ、マジか」
「でも、昔、ECHOESは歌舞伎町でやってたんじゃなかったっけ?」
「たしかに、そうだったかもかも・・・」
「昔より、危なくないと思うよ」
「はー」
「時代が違うんだよ」
「出た~、時代でおいはらわれる親・・・おやおや」
「パパが新宿でバンドやっていた頃はどうだったの?」
「いや、けっこう、乱闘とか、普通だったよ。ロックだったから、すぐ殴り合いになってた。あはは」
「パパ、心配する必要ないよ。時代が違うんだってば・・・」
かっちーん。
ぐやじいじゃないの~。
「ロンドン、行きたいな。パパ、ライブやるんでしょ?」
「来るか?」
「10月でしょ? 大学次第だけれど、仲間たちがこの間のオランピアでみんなファンになってくれたから、行きたいって。バンドが凄いよね」
「あはは、バンドは確かに凄いが、パパも半端ないぞ」
「あはは。でも、もうチケット発売しているって、すごくない? そもそも売れるの?」
「だよね」
「パリだったら、友だちとかいるけど、ロンドン、誰も友だちいないでしょ?」
「いない。あ、でも、初日、数十枚は売れた」
「え? ほんと、すごい。発売と同時に? 友だちいないのに?」
しつこい・・・。
「あはは」
「ECHOESファンかな」
「いや、さすがにロンドンにはいないと思う。誰だろうね、買ってくれた人」
ちょうどそこにウイーンに住む従妹のメグリからメッセージが飛び込んで来たのだった。
「ひとちゃん、ロンドン、行くよ。チケット、ゲットした」
なんとタイムリーなメッセージであろうか。十斗に見せた。
「わ、親戚を動員してるだけじゃん」
「あはは。やばいね」
今日は、こんな感じで、和んだ、父ちゃんと十斗とさんちゃんなのであった。
新たな熱血伝説がはじまる。
人生はつづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
英国でも、やはり、ポスターを作って、街角に貼るようです。父ちゃんの顔が、ロンドン市内に溢れるのかぁ、きゃあ、迷惑~。あはは。
さて、日曜日の文章教室ですが、父ちゃんがエッセイを依頼されたら「どうやってそれにこたえ、執筆にあたるか」ということについて、実例を出しながら、講義していきたいと思うのです。今年最後のエッセイ教室なので、今までとはちょっと違った文章教室、お楽しみに。7月16日の地球カレッジ、エッセイのお勉強会、詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてくださいね! めるしー。