JINSEI STORIES
滞仏日記「突然、息子が大学を受け直し、合格するという思いがけない衝撃に見舞われた!」 Posted on 2023/06/02 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、親戚のミナちゃんを空港まで送る途中の息子から電話がかかってきた。
「この後、そっちへ行ってもいい?」
「いいけど・・・、なんで」
「受かった。相談したいことがある」
「受かった?」
掻い摘んで言うと、彼は現在通っている大学は自分の進む道ではない、と判断していたようで、今年、もう一度、再受験し直したのだった。
そして、やりやがった。
「大学に入らないとその大学の良さがわからなかった。一年、勉強をして、ここでいいのかってずっと悩んでいたんだ。それで再受験に挑んだ」
なんとなく、このことは感じていた。
ぼくは悩んでいた。ぼくがどうのこうの言えることではないが、オランピア劇場ライブ前夜も頭の片隅には息子のことがあった。
再受験をするかもしれないとは思っていたが、日記には、書けなかった。
落ちたら、言う必要がないことだからである。
ダメだったら黙って葬り去るつもりだった。
6月1日が、フランスの国立大学の合格発表の日なのだった。
今日、その発表があることはうすうす知っていたし、彼が受ける大学が今の大学よりもちょっとレベルが高いこともわかっていた。
電話がかかっていた。
「パパ、受かった」
嬉しそうな声が、電話口で弾けた。
息子はちょっと興奮気味であった。
「待て。水を差すわけじゃないが、その大学は本当にお前が行くべき大学なのか!?」
「うん」
「いつまでに、決定しないとならないの?」
「6月4日の23時59分までに結果をその大学に伝えないとならない」
「待て、早まるな。今の大学も頑張って入った大学だし、ええと、じゃあ、うちに来い」
「あ、うん」
「会って話がしたい」
「わかった」
というのは、合格した大学と前の大学、根本的に中身が違うのである。
「よく話し合おう」
「うん」
「ご飯を作るから、こっちにおいで」
ということで息子は親戚のミナを空港に送ってから、その足で、ぼくの事務所兼自宅へとやってきたのだった。
じゃじゃじゃじゃーん。☜運命のメロディ!
父ちゃん的には、息子が自分で悩んで将来のことを考えて、自分の力で軌道修正をし、自力で受験し、実際、合格したのだから、水を差したくはなかった。
せっかく、ハイレベルな大学に合格したのだから・・・。
ダメだ、と決めつけてはいけない。
でも、どこに進もうと、最後までやり遂げないとこの先のやり直しはきかない。
親として、そこを丁寧に、説得しないとならない。
彼の自発的な行動力を評価しつつも、その先へすすめさせる話し合いが必要だったのだ。
ほんとうに、君はそこで自分の未来をゲットできるのか?
このことをぼくは再三再四、息子に問いかけることになった。
祝福してやりたいが、その前に親には仕事がある。
息子がむきになって、反論をした。
その中で、矛盾を感じる場所は、その都度、疑問を投げかけていった。
「わかった。パパの言いたいことはわかるよ。でも、ぼくは頑張った。今の大学にはモチベーションがないんだ。パパ、モチベーションがないとダメだって言っていたじゃない。やりたいことをやれば十倍の力が出せるけれど、人間というものは、やりたくないことには十分力が発揮できないものだって、そう、言ってたじゃない。受かった大学は、ぼくのやりたいことがたくさんあるんだ」
とはいっても、かなり、特殊な大学であった。専門性の高い、スペシャリストの大学・・・。
就職の間口は前の大学の方があるように感じられた。
でも、最終的に、決めるのは自分だ。
中途半端にならないよう、今は最後の揺さぶりをかけてやった。
息子は譲らなかった。強い意思が感じられた。
「そうか、わかった」
ぼくは立ち上がった。そして、手を差し出した。
息子がぼくの手を掴んだ。ぼくらは握手をした。
「おめでとう、十斗、がんばれよ」
人生はつづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
人生、いろいろありますね。4月に、実は受験するつもりなんだ、ということは聞いていたのです。でも、パパとしては、よくわからないし、ダメだったら時間を失うことになるので、悩みつつ、自分でやれ、と突き放していました。6月1日に、進路について話がしたい、と言われた時、ぴんときたのです。去年の今頃も、そうでしたから・・・。正直、簡単に受かるような大学ではなかったので、それは、すごいことだな、と思っています。きっと、大丈夫でしょう。ぼくが生きているあいだは、見守りたいと思います。
さて、そんな守護神の父ちゃんですが、夏の終わりに日本でミニツアーをやりますよ。
「辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ 2023」
Tsuji Acoustic Serenade From Paris 2023
現時点で決定している出演アーティスト:
辻仁成(Vo・Ag)/Dr.kyOn(Piano・Chorus)/ユン ファソン(Flugelhorn・Trumpet・Chorus)
各会場:
8/29(火)愛知・名古屋DIAMOND HALL
open18:00/19:00
8/30(水)東京・EX THEATER ROPPONGI
open18:00/19:00
9/3(日)京都・京都劇場
open17:30/18:00
さて、デザインストーリーズから、一般発売に先立ち、オフィシャル最速先行、のお知らせを行いします。特別に、「ぴあ」内に、このミニツアーの先行窓口が6月11日まで設置されています。
チケット購入を希望される皆さんは、下のURLをクリックお願いいたします。
https://w.pia.jp/t/tsujihitonari-k/
最速先行発売期間、5/30(火)09:00~6/11(日)23:59/日本時間
※ 6月18日は、サンジェルマン・デ・プレ界隈を散策するオンライン・ツアーです。ご興味のある皆さん、上の地球カレッジのバナーをクリックください。