JINSEI STORIES

滞仏日記「めっちゃパンクな連中に包囲され、メンチ切られ、3対1の真昼の決闘の巻」 Posted on 2023/05/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、バンドの練習があったのだけど、練習の合間に、広いロビーの片隅でコーヒーを飲んでいたら、入れ墨をあちこち入れたパンクな連中が大騒ぎをしていた。
ライブ前だし、関わりたくない感じだったので、コーヒーマシーンの近くで、おとなしくコーヒーをすすっていたのだけど、その中の一人となぜか目が合ってしまった。しまった~。
こういう場合、普通だったら、目を逸らすに違いないし、なんならそういう場所にいないはずだが、ロックバンドECHOESの元ボーカリストなのだ、逃げるわけにはいかない。
「なんだよ」
と心の中で毒づいた。
それが相手に伝わったのか、そいつが、横にいたすげー入れ墨をしている男の腕を肘でつついて、ほら、と合図を送った。
げ、
やば・・・。
ちなみに、父ちゃんはヒステリックグラマーのレインコートを着て、頭に頭巾のようなニット帽をかぶって、マスクをしていたのである。☜怪しい。一応、風邪とか気管支炎にかかりたくないので、安全のためのレインコートであった。
3人がこちらを見た。
ギロッ!
メンチカツじゃなく、メンチを切られた。
父ちゃんは元暴走族とかではないが、こういう時にこそこそ逃げるのは日本人ロッカーとしてはカッコ悪い。
じゃらじゃら、ビスとか鎖とかを付けたパンク野郎たちに向かって行った。近づいた、くらいが表現的には正しいかな・・・。あはは。
背を向けるのもカッコ悪いし、どういう時であろうと、自分は敵ではない仲間だ、とシグナルを送る方がいい。
「敵を味方にしてこその勝利」が父ちゃんのモットーなんです。えへへ。
うちのメンバーはみんなスタジオの中にいて、ぼくひとりであった。
「やあ。俺はジャパニーズソウルマンだ」
と言ってみた。
3人が笑った。

滞仏日記「めっちゃパンクな連中に包囲され、メンチ切られ、3対1の真昼の決闘の巻」



でも、差別的な笑い方じゃなく、よく見ると、そこまでガラの悪い感じではない。
でも、全員、片手にビールを掴んで、飲んでいる。
ロング缶である。
ぼくは片手にカフェインレスのコーヒーを握りしめていた。
「日本人か?」
「ああ、昔、ECHOESというバンドをやっていた。ジャパニーズロックだけど、今はちょっとソウルな歌をやってるので、ジャパニーズソウルマンだ」
とわけのわからないフランス語・・・。
「どんなバンドだ?」
というので、フランスだったら、テレフォンとか、ニューヨークだと、テレビジョンと同世代だ、と古いバンドの名前を列記して、威厳をみせた父ちゃん・・・。なんの威厳?
すると、その中の一人が、
「テレフォンだと、あんた、若く見えるけど」
と嬉しいことを言ったので、1959年生まれた、と正直に言い返してやったら、
「ええ、俺は1979年生まれだ」
と言い返された。1979年って、つい、昨日だろうが!
「なんだ、ベイビーじゃねーか。俺が大学生の時に生まれたな、お前ら」
すると三人が笑い出した。
「ロッカーの癖に、昼間っからコーヒーかよ」
というので、
「10日後にオランピアでライブやるんだ。ボーカリストだ」
と言い返してやった。
すると、そいつらが言った。
「俺たちはバタクランでライブやるんだ」
バタクランというのは、先のパリ同時多発テロの時に大勢の犠牲者を出したパリ最大のライブホールである。
へー、どんなバンドなの? 名を名乗れ、というと、
「メタリカ」
と一人が言った。
嘘だ! 嘘つくな!
「いや、メタリカのトリビュートコンサートをやるんだ。そのバックをつとめるのさ」
ということで、いきなり仲良くなったのだった。パリのパンク・メタルバンドらしい。
で、記念撮影隊大会になった。彼らがECHOESをYouTubeで検索して、ファンになってくれたのであーる。
「80年代の日本のロック、悪くねーな」
とぼくよりうんと若いおっさんが言った。
「あんたは若いくせに、老けてるな」
とぼくは言ってやったら、ウケテいた!!! ✌

滞仏日記「めっちゃパンクな連中に包囲され、メンチ切られ、3対1の真昼の決闘の巻」

※右のおっさんの腕を見てほしい。ライブという日本語が見える。日本が津波で大変な時に、義援コンサートをパリでやったのだそうだ。その時の記念品を大事につけている。
「見ろ、俺たちは日本を応援している」
この1979年生まれが、そう言ったのだった。
世界の平和を祈りたくなる、瞬間であった。



一度、仲良くなると、怖い顔がやさしい顔になるから人間というのは面白い。
いい連中だった。
バイオリンのマリオが呼びに来た。
「つじー、練習始まるぞ」
「おっけー」
三人と握手をして別れたジェントルマンな父ちゃんであった。
「あいつら、なに? 大丈夫だった?」
「マリオ、あいつらはECHOESのファンになったいい連中だよ」
「あはは。なんか、金でも、せびられてるのかと思ったよ」
「いいか、音楽は、学歴じゃないんだよ。ここだ。ここ、わかるか? ハート!」
ぼくは自分の胸をぼんと叩いていた。ごほごほ・・・。

滞仏日記「めっちゃパンクな連中に包囲され、メンチ切られ、3対1の真昼の決闘の巻」

※ マリオはフランスの国立音楽大学を出てからアメリカのジュリアード音楽院へ、現在、ポーランドで指揮者もやっている。しかし、めっちゃうるさくて、練習妨害魔なのであった。



つづく。

ということで、今日も読んでくれてありがとうございます。
こんなに老けているのに、20歳も下というのが不思議でなりません。マリオはもっと若い33歳なのです。年齢ってなんでしょうね・・・。キープオンロッキングな一日でした。熱血~。
迫ってきました。辻仁成、オランピア劇場でのソロコンサート、席のご予約はオランピア劇場のサイトから、どうぞ。

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そして、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、はこちら!

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さて、そんな父ちゃんですが、6月18日に、パリ左岸のサンジェルマン・デ・プレ界隈をオンラインツアーしますよ。ファッション、文化、カフェ、アートが犇めく、パリ文化の中心地、サンジェルマン・デ・プレを歩きませんか? ご興味ある皆さん、どしどし、ご参加ください。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいね。

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