JINSEI STORIES
滞仏日記「心が落ち着かない時とか眠れない夜とかに父ちゃんが頼るユニバース」 Posted on 2023/05/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ついに今月締め切り分の小説「動かぬ時の扉」をやっと書き上げて三田文学編集部に送りつけたのだった。
書いているあいだ、ずっとエリック・サティを聞いていた。
「ジムノペディ」を選択することが多いけれど、「グノシエンヌ」も好き。YouTubeで検索するとジムノペディだけを2時間ループさせているものとか、いろいろと出てくる。
サティはなんとノルマンディ出身なのである。
オンフルールという町に行くと、サティの気配を感じる。(彼はそこで生まれている。今日配信の中村ゆかりさんの記事に詳しくは譲りますが、彼もパリとノルマンディを行き来していたようで、おお、なんか気が合って、嬉しい。☜かんちがい野郎でしょうか?)
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ジムノペディのピアノの右手の旋律はもう完璧すぎる危うさ、それはまるで谷間に張られた一本のピアノ線の上をタイトロープダンシングするような感じで、まさに、そのアンバランス感がたまらなく心地よい。
「動かぬ時の扉」はきっとサティと共に書き上げることになるのかもしれない。こういうの、初めての経験である。
ということで今日はサティを聞きながら、仔牛のクリーム煮込みのラグー・パスタを作った。パリは雨で、しとしと、している。マロニエの薄桃色の花が雨のせいで地面に模様を描いている。
ぼくは雨が降るとちょっと頭痛に思考を邪魔される。それを癒す「ジムノペディ」。
繊細な詩人みたいだけれど、実はずぶといので、ご心配なく・・・。
音楽を聴きながら小説を書いたことがなかったのだけれど、この曲「ジムノペディ」は邪魔をしない心の家具のようなメロディラインを持っており、不眠症のぼくにとってはなくてはならない子守歌でもある。
目に見えない振り子のようなものが、あって、そこをのぼる透明の階段が、あって、後ろに手を組んだ詩人のような誰かが時々立ち止まりながら、一段一段、のぼっていくのが、鍵盤をたたく音と音の合間に、見えたりする。
いつまでも巻き続けることのできるねじのようなものが、あって、ぼくはそれを夢の中で巻き続けているのだけれど、このメロディにはそういう誑かされる魔法が宿っている。
ぼくは少し携帯を遠くにおいて、充電しながらだけれど、音量を聞こえるか聞こえないかっていうほどに小さく調整して、ジムノペディ、をかけるのが好み。
すると、大きな振り子が幻想的な靄の中をゆれて、そのあいだに出現したと透明の階段を、誰かがのぼっていくのだ。(チャンスという映画のラストシーンに似ている)
ぼくは目をつむっているのだけれど、遠くから聞こえるその客観的なメロディがまた、実に、癒されるのである。
とにかく、寝る前は、音量を小さくして、遠くから聞こえてくるのを受け止めるのがいい。すると、次第に、雑物が除去され、もう、くだらないことに振り回されることが圧倒的に無意味になってしまう。
永遠に巻き続けられるねじのようなものが、ぼくを眠りへと誘っていき、気が付くと、翌日の朝になっている。サティの旋律は、まるで呪文だ。
どうやら、三四郎もエリック・サティが好きみたいで、これを家中でかけていると、おとなしく聞いている。
人間の心にも、犬の心にも、優しく響く音楽って、素敵ですね。
ラベルのボレロも好きだけれど、サティのジムノペディも好き。
よくいうクラシック音楽という古典的なジャンルがあるけれど、ぼくはいわゆるクラシックってそんなに得意ではないのだ。
もちろん、好きだけど、ボレロとかジムノペディって、クラシックじゃないものね。
そういうクラシックが好き。絵画でも、文学でも、個展を代表するものじゃなく、時空を超越する、時代がいつとか関係ない宇宙を持った作品がいいね。
ああ、自分もそういう宇宙を描ける表現者になりたいのであーる。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
これからノルマンディに父ちゃんとさんちゃんは戻るので、近々、オンフルールにお茶をしにいこうかな・・・。
さて、オランピア劇場ライブまであと、3週間となりました、父ちゃんの体調も心の調整もほぼ上々です。間違いなく、父ちゃん歴史上、最高の一日になるでしょう。えいええいおー。
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