JINSEI STORIES
滞仏日記「高価なものではなく価値のあるもの。高級な世界ではなく安心できる場所」 Posted on 2023/05/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、3億の家を売りつけられそうになった、と今朝の日記で書いたが、そこは300平米あり、土地が1000平米、十部屋、全部の部屋から海が見えて、地下にサウナ付きのリラクゼーション・スペースがあって、アメリカの高級キッチンシステム、階段が家の中に3つもあったし、もちろん、広々としたテラスがあって、雨戸から降りてくる水を浄化して花壇に撒くシステムとか、3台は駐車できる大きなガレージとかもあって、なんでこんなにゴージャスな家がこんな田舎にあるんだ、と思うような物件なのであった。
で、全部の部屋を案内されて、最後に、テラスにぼくとチャールズとその家主のシルビーが座って、微笑みあった。家主のシルビーは
「この家は3億で売れると不動産屋に言われているんだけれど、私は2億5千くらいから競売にかけたいの、たぶん、もっと高い値がつくでしょうね」
と言い出した。へー、とぼくは動じない感じでこたえた。ミスター・ビーンみたいに、鼻の穴を広げて、目をくりくりさせて、肩を竦めてみせたのだ。
確かにめっちゃ豪邸なのだけれど、それだけのお金があればパリに立派なアパルトマンを買うことができる。たぶん・・・。
維持費とか考えると、とんでもない物件だった。
紹介者のチャールズは、金額を聞いて、あちゃー、という顔をした。彼も、そこまで高級物件だとは思っていなかったのであろう。
そもそも、ぼくがお金持ちじゃないことを、この男は知っている。ぼくは今のアパルトマンを売って、その金額で買える範囲のささやかな家を探している。急いでいるわけじゃない。終の棲家になるような、三四郎を毎日抱きかかえて階段を上り下りしないですむ、ささやかな家を・・・。
「ムッシュ、あなたが今住んでいるところは何平米なの?」
とシルビーに訊かれた。
「ええと、あそこ、何平米かな、小さいですよ」
さすがに、恥ずかしくて言えなかった。すると、うちを良く知るチャールズが俯いた。この野郎、こんなところで恥かかせやがって、と父ちゃんは珍しく思った。
「どういうビジネスをされているの?」
とシルビーがうかがうように言ったので、
「手広く」
と答えた。シルビーがほほ笑んだ。チャールズが寝たふりをした。見事な芝居・・・。
「IT関係とか?」
「あ、ま、そうですね。ある意味、そうかな。ひとり総合商社みたいな。おほほ」
ミスター・ビーンは笑ってごまかした。今時のユーチューバーみたいに、お金持ちじゃないが、心は錦なのである。
帰り道、チャールズに言った。三四郎と生きられる最低限の家でいいんだよ。屋根があって、海の音が聞こえて、絵が描ければそれでいい。
今日、小説教室で最後にぼくが言いたかったことは、そういうことだった。
シルビーはお金があり過ぎて、どうやって使えばいいかわからないらしい。だから、自分の家の前に高い家をたてられたくないから、その家も買ったのだ。
何かの権利を持っている人で、遊んでいてもお金がどんどん入って来るのだそうだ。
そこを売って、サンフランシスコに移り住むのだそうだ。詳しいことは聞かなかったが、数年に一度、住む場所を変えているらしい。社会勉強にはなった。
ぼくは今日、おたふく社のお好みソースを手に入れた記念に、コロッケサンドを作った。じゃがいもを潰して、ひき肉を炒め、キャベツを切って、地球カレッジがあるので、スタッフさん3人と自分の分、4人分のコロッケサンドをこしらえたのだ。
美味しかった。そして、「小説教室」の最後に、海を見つめて生きるぼくの時間の概念について、語った。
いつか、人間はみんないなくなるのだから、時間に支配される意味があるのか、だからこそ、今日を精一杯生きることの大切さ、人の価値、そういうことについて語った。小説を書くことは、自分の人生を豊かにさせることなのだ・・・。
ぼくが求めているものは、高価なものではなく、価値のあるものだ。
贅沢ではなく、意味があるもの。高級な世界ではなく、安心できる場所なのだ。
ぼくが住みたい家には、エリック・サティのジムノペディが流れていて、イーゼルには描きかけの絵があって、自分で大切に磨いたクラブ椅子が窓際にあって、好きな書物に囲まれて、猫の額ほどの小さな庭で三四郎とひなたぼっこをして、お腹がすいたら、コロッケサンドを作って食べるような暮らしだ。
長谷っちが、こりゃあ、うまい、と、口のまわりにマヨネーズとおたふくソースをつけて笑顔で言ってくれた。それが嬉しかった。
授業に参加してくれた人たちから、小説のこともだけど、元気になった、ありがとうござます、とたくさん言ってもらえた。ぼくは本当に嬉しかった。
こうやって、文章を書くことで、丁寧に生きることで、えられる幸せを尊いと思う。
息子から、電話があった。
「パパ、昨日のライブ、満席だった。ぼくが登場して、歌ったら、みんなその曲を知っていて、合唱になったんだ。信じられるかい?」
嬉しそうだった。ぼくも自分のことのように嬉しかった。
「よかったな。君がちゃんと頑張った結果が出たんだよ」
息子にもコロッケパンを今度作ってあげようと思った。
人生はつづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ゴールデンウイークも終わりましたね、ゆっくりと休めましたか? 家族との時間、大事にしてください。ぼくはぼくなりにですけれど、大切に生きています。地球カレッジが終わったので、田舎に練習に戻りたいのだけど、サラから連絡で、ラジオに出て貰えませんか、というので、もちろんですよ、と答えたのでした。今月はちょっとバタバタしています。心に、とんとんとん。
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