JINSEI STORIES

退屈日記「何のために生きているのですか?」 Posted on 2023/04/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、紫蘇があったので酢飯と混ぜ、またまた「おいなりさん」をつくったひとなりさんであった。
そうなると汁物が欲しいので、自家製の欧風豚汁もこしらえてランチとしたが、顔を緩めて食べていると、
「辻さんは何のために生きているのですか?」
と悩める知り合いから、メッセージが飛び込んで来た。
凄いタイミングじゃないか。
おいなりさんを、噛みしめながら、これか、と思った。
「死ぬためですよ」
ともぐもぐしながら、返事を打ち返しておいた。
これはぼくの哲学なのである。

退屈日記「何のために生きているのですか?」



何のために生きているのか、その答えはあまりにも多すぎる。
しかし、間違いなく、生き物にとって避けられないのが「死」だ。
死ぬために生きる、というのは、正解で、だから、ぼくはおいなりさんを作って食べるのだし、三四郎を大事に育てているのだし、食後は歯を磨くし、お風呂にも入る。
いつ核戦争が起きるかわからないし、食糧難がやってくるかわからないし、自然災害もあるだろうし、新しい感染症もまちがいなく流行るだろう。
その恐怖におびえながら未来への不安で苦しくなるより、毎日を丁寧に生きるのが、この不安を遠ざける唯一の解決策なのである。
その終点には、じたばたしたところでその人なりの「死」があるわけで、ぼくの歴史上、前人未到の領域への挑戦ということになる。
人間が必ず向かうものだから、そこへ向かって日々を切に生きることが人間の意味なのだ、と思えば、おいなりさんにも、豚汁にも、偉大な幸福的意味あいが生まれるというものだ。
死ぬために生きているからこそ、毎日が、素晴らしいのである。
ぼくはおいなりさんを食べ終わると、カンバスに向かった。
次に、人間には趣味が必要なのである。
ぼくにとって音楽や小説は好きなことではあるが、一方で職業でもある。
職業としての目線で音楽や小説を見ないとならず、それは時に苦しみを伴う。
絵を描くことは、まったく違った次元にある。
楽しくてしょうがないし、締め切りもないし、職業ではないから、気が付けば、どんどん生まれてしまう。
困ったことといえば、他の職業と化した創作よりも楽しい、ということで、時間が出来ると、ぼくはカンバスに絵を描いている。
もう、数十点はあるかな。もっとあるかもしれない。頭の中には何百点もの構想があるのだから、笑える。
このエネルギーで小説を書けば、文豪、になることが出来るだろうに。
人間というのはうまく出来ていない。

退屈日記「何のために生きているのですか?」



誰にも見られることがない絵をぼくはひたすら描き続けている。
何のために?
趣味なのに、理由がいるだろうか?
好きだからだ。楽しくてしょうがないからだ。
そして、苦しい現実から逃避するのに、好きなことがあることは大事なのことでもある。
自分の趣味と出会えたことを幸福と呼んでも差し支えないだろう。
ぼくはこの日記で、絵を描いていることをずっと、書かずにきた。(たまに、下手な三四郎の絵とかはアップしたけれど・・・)
理由は趣味だったから、別に、誰かに言うことじゃない、と思っていた。
しかし、よく考えてみたら、ぼくが人生を通してこんなに好きなことは絵を描くことなのだ、ということを最近、実感しているので、日記には正直に書くべきじゃないか、と思い直した。日記の読者は、
「何のために生きているのですか?」
を探していたりするずだからである。
「絵を描くためです」
これも正解なのである。
「時間が出来るとカンバスに向かっています。一銭にもなりませんが、絵を描いているとそこに自分の心の内面が出現してくるんです。自分を覗き込んでいるような気持ちになるんですよ。だんだん絵が出来ていき、それがもう、これ以上加筆のしようがなくなる時、その作品は完成します。でも、そこには時間と本質の自分が塗りこめられているんですよ。誰からもさしずされることなく、売れ筋とか考えることもなく、締め切りもなく、評価も関係ない、そういうものが、ぼくにとって絵なのです。ぼくにしか描くことが出来ない絵なんです。同時に言葉を無力化した詩なんです。生きたいと思うその切望の中から生まれてきたもう一つの詩なんですよ。人生の落書きなんです」

退屈日記「何のために生きているのですか?」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
楽しいことを探してください。それが生きる意味になるでしょう。
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退屈日記「何のために生きているのですか?」

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退屈日記「何のために生きているのですか?」



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