JINSEI STORIES
滞仏日記「自信のなかったギャルソン、ロマン君がめっちゃ輝きになって戻って来た!」 Posted on 2023/03/30 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日、ちょっと面白いことがあった。
行きつけのカフェ・ビストロに顔を出すと、ロマンがいた。
「ムッシュ、お元気ですか?」
ロマン君がぼくを見つけるなり走って来た。ナイススマイルに変わりはなかった。
元々、ここの給仕長だった青年で、30代半ばであろうか、大きな男たちを束ねて、一生懸命働く青年なのだった。この地域の人たちの人望も厚かった。
実は、去年の夏くらいから、ずっと会っていなかった。
彼が店をやめて、ニュージーランドに移住したというのを他の給仕から聞いていたのである。でも、今日、店にいるじゃないか・・・。
「あれ、ミュージーランドに行ったって、聞いてたんだけど・・・」
「三日前に戻って来たんです」
「へー、それは久しぶりだね」
「8か月ぶりですよ」
「そんなになるか・・・。でも、なんで、ニュージーランドに8か月も?」
「それはムッシュ、あなたがそう仕向けたんじゃないですか」
「え? ぼく? ぼく、なんか言った?」
「はい」
ロマンは満面に笑みを浮かべてみせた。
「あの頃のぼくは悩んでいたんです。この村で生まれ、ここから出たことがなかった。そして、これからの人生をどう生きればいいかわかなくなっていたんですよ。ある時、ぼくはムッシュに相談しました。覚えてないでしょうね。ぼくは何をやってもうまくいかない。才能がない。だから、成功するにはどうしたらいいのかわからない、というようなことを言ったんです」
「あ、なんか、言ったかもしれない。ずいぶん、と暗い顔をしていた時があったよね」
「ええ、その時、何気なく訊ねたら、ムッシュが面白いことを言ったんです」
ぼくは、自分の性格がわかるから、ふきだしそうになった。絶対、酔っぱらっていたのに違いない。ぜったい、そうだと思う。読者の皆さん、思うでしょ?
「あの、なんて言ったの? 教えて」
ロマンがほほ笑んだ。
「お前はもうだめだって、言ったんです」
やば。やっぱり、酔って、やらかしている。即座に、すまない、と謝っておいた。
「いいえ、そうじゃないです。ムッシュはぼくにこう言ったのです。自分をダメだと思う人間はその時点で絶対成功しない。いいかね、自分はダメだ、才能がない、と君が言った言葉を、実は、君の脳も心も身体も聞いている。みんな聞こえている。聞こえているという言葉は変だけど、弱気なのが全肉体に伝わってしまっている。司令部が放棄しているのに身体や心がガッツ出せるわけがないじゃないか。才能って、そこなんだよ。どんな逆境になっても、絶対自分には才能がある、と思い込んでいる人しか、成功なんかしない。成功が何かは人それぞれだけど、自分に勝てない者はそれを超えることが出来ない。そうじゃないか? ロマン。って、そう言ったんです。ガツンと頭を殴られた気になりました。ちょうど、ニュージーランドのホテルで人を探している時でした。ぼくはその翌日、そこのボスに働いてみたい、と連絡をし、翌月、海を渡ったんです」
ぼくはびっくりした。確かにそういうことを言ったかもしれない。
これはいつも自分に言い聞かせている言葉でもあった。前の日記にも書いたけれど、オランピア劇場ライブもぼくは疑ったことがなかった。ぼくは「絶対やる」と自分に言い続けてきた。言い続けたら人が動いた。どこのだれだかわからない日本人のぼくがオランピアの扉をあけたのは、一度も「出来ない」と思ったことがなかったからだ。そうやって、生きてきた。もちろん、台風やコロナで公演が中止になったり、製作側の問題で映画が中止になったこともある。でも、それはぼくのせいじゃない。ぼくは絶対出来ると信じてきたし、もうだめだ、とは絶対に口にしなかった。絶対、負けない、と全細胞にぼくは真剣に言い続けてきた。
ぼくは、ポケットからオランピアのフライヤーを取り出した。いつも2枚持ち歩いているのである。その1枚をロマンに手渡した。(なぜ2枚? 誰かに渡した時に、すぐ補充できるように)
「え? ムッシュ、ミュージシャンだったの? しかも、オランピアで?」
「8か月前、まだオランピアは決まってなかった。君がニュージーランドに行っている間に、ライブが決定し、チケットが発売になった。5月末に、いよいよやるんだよ」
「へー、すごい」
「63歳なんだよ」
ロマンは笑った。それは知っています。いつも、白髪もない、と自慢していたから・・・だって。あはは。
「で、ニュージーランドはどうだった? なんで、8か月で戻って来た」
「面白かったです。自信を持って仕事をしてきたら、そこで認められたんですが、この店を継いでくれないか、とここのオーナーから何度も電話がかかってきたんですよ。ぼくがここを受け継ぐことになったんです。35歳で。・・・ムッシュ、今のぼくは自信満々です。何店舗かやるつもりです。どうです?」
「うん、君はもう大丈夫だね。何をやっても成功すると思う。目がキラキラしている。ミュージーランドで大きな何かをつかまえたな」
「うい。つかまえました。外の世界に出てよかったです。いろいろな経験をしました」
「ロマン、おめでとう」
ぼくらは握手をしたのだ。実に自信にあふれた顔であった。
ぼくの息子でもおかしくない年齢の青年なのである。
この成功は、金銭的なものじゃない。
彼の心の器をもっと大きくさせるための成功の第一歩なのである。
さ、皆さん、ご一緒に、どうぞ。
合言葉は、「熱血~」!!!!
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
いい青年なんです。背が低いんですよ。ぼくと同じくらいの身長なんです。180センチをこえる大きな男たちの中にあって、身体のコンプレックスもあったかもしれない。でも、今日の彼はイキイキとしていました。めっちゃめっちゃ大きな男に見えました。そこなんですよ。そこなんですよ。とっても自信に溢れ、陣頭指揮をとっていました。きっと、彼がここの支配人になることで、もっともっといいカフェ・ビストロになることでしょう。いい日でした・・・。ね、よかったね。
さて、そんな熱血父ちゃんですが、4月16日に「カフェ飯教室」を、5月7日に「小説教室」を開催いたします。オランピア劇場ライブは5月29日になります。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてください。
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