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自分流塾「若い頃は怒りをエネルギーにして頑張っていた」 Posted on 2023/02/24 辻 仁成 作家 パリ

若い友人、A君が、起業したいので相談にのってほしい、とぼくの元にやって来た。
ぼくは経営者じゃないから、経営の話はできないよ。だから、あまり役立たないと思うけど、と言ったら、そうじゃなく、勇気が出ないんです、と言われた。
どうやったら、ぼくは勇気を出して自分の思いを形にすることできるでしょう、と言うのである。
結局、自分流というものは、簡単に言ってしまえば、人とは違う自分なりのやり方を持つ、ということなのである。
これが、そうはいっても簡単ではない。
自分なりのやり方は当然、みんなと違うことをやることになり、社会集団からはみ出してしまう。
誰かの後ろにくっついていけばなんとか生きられるのだけど、その逆へ向かい、別行動を選択すれば、結果、不安になったり、仲間外れにあったり、批判を浴びる可能性も少なくはない。
みんなと違うことをやれば「変わり者」というレッテルを貼られるかもしれない。
しかし、みんなと同じことをやってる限り、抜きんでることは難しい。
みんなが信じている常識を疑うことから、個性というものはまず生まれる。
人間は知らないうちに鋳型に押し込めらてしまうから、常識という鎧をまとって、それを受け入れ、その中で、もがいていく。
ぼくはまず、A君に「ぜったい負けない、と反発してみてはどうかな」と言ってみた。
「反発ですか?」

自分流塾「若い頃は怒りをエネルギーにして頑張っていた」



「つまり、誰か特定の人に反発するというよりも、ぼくは絶対に負けない、とこの常識でがんじがらめになっている世の中に反発していくんだよ。そうすることで孤独になっても、自分は闘っているのだから、と思えば、乗り切っていくことが出来る。人間には、闘争心が備わっているので、そこを刺激してみる」
A君、納得できない顔をしていた。ま、そうだろうね。
「ぼくは、むちゃだったから、音楽も小説も映画にまで手を伸ばした。あっちこっちから批判されたり、白い目でみられたり、やっかみや焼きもちを受けることが当たり前だった。大先生に攻撃されやすかった。とくに、年上のおじさん連中に、つまり常識をいっぱいもった石頭の持ち主、評論家とか、そういう人たちだけど、君くらいの時、ぼくはまじ、ご批判しか浴びなかった。今も、けっこう、浴びてるけれど、還暦を過ぎたし、やり続けてきたから、その連中もたいしたことなくなった。なぜなら、それはぼくの人生だから、彼らの人生じゃないから、彼らがぼくを目の敵にしたところで、所詮他人事だし、たかが知れてる。そのうち、そういう常識の中にいる批評家や批判家はどこかにいなくなるものだ。ぼくも打たれ強くなったから、今は何を言われても、あーそう、じゃあ、あんた何をやったの? と訊き返せるだけの自信がついた。問題は、君の年齢くらいの時、まだ何者でもなかった辻は、批判や嫌味な批評には反発で対抗するしかなかった。その怒りのエネルギーを逆に前進する燃料に変えたんだよ。これは、うまくいくよ。なにくそ、ってやつだ」
A君は黙っていた。ぼくだけが笑っていた。昔の無謀な自分を思い出して・・・。

自分流塾「若い頃は怒りをエネルギーにして頑張っていた」



「昔、30年以上前のことだけど、一度、ロック業界最大手のR社に招かれて、そこの社長さんに社長室で、いろいろとご批判なんかを受けたんだよね。レコード会社の人とかマネージャーとかみんながいる前で、なんか、辻君はここがよくない、みたいなことを校長先生みたいに指摘された。で、頭に来たので、ぼくは社員全員に聞こえるくらい大きな声で反論をして、そんなのことロックじゃないよ、と血相変えて、そこを飛び出すんだけれど、もちろん、そこの雑誌にはその後掲載されることがなくなったよね。その社長さんを恨んだことはないけど、呼び出されて批判されて、はいそうですか、って、変じゃない? 彼も評論家として思ったことを言っただけだったと思う。はい、頑張ります、今後ともよろしくお願いします、と頭下げることが出来なかった。ダサいじゃん、そんなのロッカーじゃないじゃんね。けっこう、いろんな名のあるロッカーがその大先生を持ち上げていたけど、このR社の常識が今の日本のロックの常識なんだなって思った。ある意味、干されたのかもしれないけれど、ぼくはその時、その怒りを肥しにした。そういうことは音楽だけに限らない。文学や映画の世界でもかなりあるよ。それを全部、エネルギーにしてきた。自分を曲げて、頭を下げて、作られた鋳型の中でものを生み出すの、自分らしくないし。干されても、可能性が消えるわけじゃない。逆に、敵が出来ることで、そこを突破しようとする力が出てくる。ぼくはその後、ばんばん、小説を書くようになった。音楽で干されたから、他の方法があるだろうって、地球でかいじゃんって。わかる?」
「ええと、あの、辻さん、わかる気もしますけれど、はい、そうですかって、その通りにはぼくにはちょっと出来そうにないです。だいたい、ロックじゃなく、ぼくクラシックが好きですから。そこまでのむちゃはできそうにありません。ただ、ぼくのやり方で、常識に反発していきたいと思います」
あはは。
「おお、それだよ。ぼくのやり方でいいよ。じゃあ、今日はお疲れ様でした」

自分流塾「若い頃は怒りをエネルギーにして頑張っていた」

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。