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自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」 Posted on 2023/02/10 辻 仁成 作家 パリ

今日、英国海峡を眺めながら考えたことがある。
成功者はまるで口を揃えるかのように、「行動もしないで成功しないのは当たり前だ。成功しないのは出来ないと諦めているからだ」という。
まったく、その通りだとは思うのだけど、ぼくは最近、この「成功」という言葉にうんざりしている。
なんでか知らないけれど、自分の収入を世の中に公表したり、自分の年収を自慢する人がいるのだけれど、これがよくわからない。
海は寄せては返していく。
成功をしたと思っている人の年収がいくらか、ぼくに関していえば、そんなこと、どうでもいい。
なので、ここから先、ぼくが書くことは、成功の秘訣を追い求めている人には関係のない話になるので、あしからず・・・。
ぼくは「出来ないこと」はやる必要がない、と思っている人間だ。
出来ること、きっとやれば出来るかもしれない、と思うことをまず、とことんやる方が大事だと思っている。
そうやって、生きてきた。
だから、算数と理科が赤点ばっかりだったのかなァ・・・。

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」



ぼくの友人が一週間ほど前に、心臓発作で生死の境をさまよった。
彼は大金持ちで、パリの一等地に、奥行きの分からない広大な屋敷を持っている。
ぼくは彼に素性を明かしたことがない。彼も、そうかもしれない。
とある場所で知り合い、気が合ったので、たまに、SMSでメッセージを交換する程度の中だったが、ある日、遊びに来ないか、家族を紹介したい、と言われた。
どれくらい凄い屋敷か、言葉で言い表せない。
ぼくの事務所全体の広さほどのキッチンがあって、ちょっとだけ、驚いた!
「その、なんでぼくを招いたの? 」
こう聞いたことがある。
「え? もっと、会いたくなった」
ぼくらは笑いあった。奥さんを紹介された。知的な感じの人だった。
しかし、ぼくはフルネームを明かしてない。
ミュージシャンであることも、作家であることも、年齢さえ告げてない。うすうす日本人であることはバレている。
実は彼のフルネームも職業も知らない。ただ、家に入る時、苗字が記されたボタンを押さないとならなかったので、つまり、苗字は知ってしまった。(なので、素性を調べようと思えば出来るのかもしれない。しないけれど)
彼はぼくのことをツジと呼んでいるけれど、それが名前か苗字か、分かってないね。
「そんなことはどうでもいい。ただ、君にメッセージを送ると、ぼくが欲していた回答が戻って来る。それで、ある日、君のことをもっと知りたいと思った」
こんなことを言われたのである。
ジョルジュサンクホテルのフロントのような玄関をぼくは入って、二人に出迎えられ、握手をした。
そして、プラザアテネホテルのラウンジのような場所で、三人で向かい合った。
ぼくはたぶん、時間と死、について語った。これはよく小説で書いていたこと。
彼が質問をしてきたからだ。実は、時間はない、という話・・・。
「面白かった。君の意見、大事にするよ」
と彼は言った。
ぼくは彼の年収など興味がなかった。でも、一つ聞いてみたのだ。
「もし、死ぬことが分かったら、何をする?」

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」



この質問に彼は笑顔で、なんだろうなァ、と首を傾げた。
「君はきっと大金持ちなんだよね。でも、そういうことには飽きているんだろうね」
「そうなのかな」
「顔に書いてあるよ」
奥さんが、これからは、無理させないで、少し彼を休ませたいの、とぼくに言った。それは、彼が若い(きっと50歳くらい)のに、たぶん、ぼくなんかが想像出来ないほどの仕事をやり遂げたからであろう・・・。
「あの、ムッシュ・ツジ。死ぬことが分かったら、その限られた時間でぼくは何をしたらいいんだろう?」
これが彼の質問であった。

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」



この人は自分の成功をひけらかすことには興味がないのだ。
それから、何かをしなければならない、という目標も今は持ってない。
ジョルジュサンクホテルとプラザアテネホテルを足したような豪邸に奥さんとお子さんと3人で暮らしている。(奥さんの家族がたまに来る、と言っていた)
実は、ぼくはこの人と、知り合って、10年の歳月が過ぎている。
その間に、実際にこうやってあったのはたぶん、ええと、3,4回程度・・・。
あとは時々、彼からSMSが入るので、ぼくは思った言葉を、時に翻訳機を使って、書いては送り返していた。
まるで小説のような関係だけど、本当にぼくの身におこっている話なのだ。
彼の豪邸に招かれたのはコロナが落ち着いてきた頃のことである。
開かれた扉の奥に広がる世界を見た時、ちょっとだけ驚いた。こんなお金持ちがいるんだ、という驚きよりも、この人はなんで、ぼくをここに招いたのか、気になった。
彼もぼくの素性は知らない。ぼくもこの男の歩んだ道を知らない。
それでも、10年、友だちでいるのだ。
「限られた時間がわかったら、ぼくは自分の愛する人たちのそばにいるよ」
ぼくはそう告げたのだ。
「それから、その日を大切に生きて、感謝をするだろう」
彼はじっと聞いていたのだ。
「特別なことはしない。ぼくに奥さんがいたら、その人のことを愛していたら、その人のために何か料理をするだろうけど、残念ながら、ぼくには奥さんがいないから、友だちとか、愛犬とか、ぼくの好きな存在に、心から感謝をするだろうな」
「この世界にも、ありがとう、というだろう。穏やかに、自分を許していくだろう」
「終わりはないと思っているから、その感謝を繰り返す」
そしたら、彼はぼくに、
「ずっと友だちでいてほしいな」
と言ったのだ。
SMSは今でも続いている。
一週間ほど前に、一瞬、途切れたけれど、・・・。

自分流塾「死ぬことが分かっていたら、あなたは何をしますか?」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
だから、ぼくは彼に、オランピア劇場でライブをすることも言ってないのです。なぜか、分からないのだけど、ずっとこのままでいいのかなァ、こういう関係でいる人がいてもいいかなァ、と思っているので、つまり、生きている間だけなんですよ。成功とか失敗とか、そういうものに左右されるのは・・・。ぼくは今、三四郎とくっついて夜のノルマンディの空を見ています。さっきまで燃えるような赤い夕陽でした。キレイでしたよ。それを見ている自分の心がキレイじゃないわけはないよな、と思ったら、ふきだしてしまいました。その友だちに、その夕陽の写真を送ったのです。
さて、あと二週間ほどで、ぼくの料理教室が開催されますが、それは遊び心満載のカフェ飯教室になる予定で、興味がある皆さん、ご参加ください。下の地球カレッジのバナーをクリックすると全貌がわかりますよ。
それから、父ちゃん主演?の「パリごはん」新作がまもなく、BSで放映されます。三回目のロックダウンの時からスタートした番組ですけど、こんなに続くとは・・・。お暇でしたら、ぜひ、ご覧くださいませ。

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さて、父ちゃんの5月29日のオランピア劇場でのライブ、直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。FNAC(フナック)でも買えます。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

https://www.jalpak.fr/optionaltour/tsujiconcert/

そして、新作「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分) 放送時間のお知らせです。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送
さらに、
●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」の再放送が決まりました。
【NHK BSプレミアム】 2月12日(日)12:30〜13:29
(初回放送 2022年9月23日)
お知らせ多すぎますね・・・。メモしておいてねぇ。えへへ。

自分流×帝京大学

posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家。パリ在住。1989年に「ピアニシモ」ですばる文学賞を受賞、1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。ミュージシャン、映画監督、演出家など文学以外の分野にも幅広く活動。Design Stories主宰。