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滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」 Posted on 2023/02/03 辻 仁成 作家 パリ

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

某月某日、ギターを担いで、撮影現場へと向かった。
途中、クマさんが車の中にぎゅうぎゅう詰めにされていた。
足の踏み場がないどころか、いったい何個入っているのか、と驚くような…数。
「ひゃああ、これなに?」
そしたら、おじさんがやって来て、
「この子たちはトップモデル。これから、ここで撮影をやるの。広告で使うんだよ」
といって、そこから引っ張りだし、目の前のレストランのテラス席に並べだした。
最近、パリで流行っているのだ。このクマたち。
カフェのテラス席とかにいるし、企業のカフェテリアとかでも笑いを振りまいているらしい。フランス人、心を痛めているのかな・・・笑いが欲しいのかもしれない。
それにしても、すごい商売を考えたものである。
出張巨大クマのぬいぐるみ産業、ということになる・・・。
ここでミュージック・ビデオ撮影したら楽しいのに、と思った父ちゃんであった。

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

撮影現場の公園に到着すると、すでに、ピエールたちがいた。
「やあ、ツジ。今、アングルを探してるんだ。こう撮ろうと思うんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないの? 監督は君なんだから」
「じゃあ、こっちでこういう風に撮るのはどうかな?」
「だから、いいんじゃないの? 監督は君だよ、好きにやりなよ」
ピエールはちょっと自信がないみたいでぼくの顔色をうかがっている。思う通りに撮影してごらんよ、と、けしかけるが、ほぼ初監督なので、やっぱね、自信がない。
ま、当然である。でも、ぼくはいいものが出来る、と信じている。
「君がやりたいようにやればいいよ。熱血でいけよ」
「よし、そうする」
そこへダンサーのソフィアさんが登場。
ロシア系のフランス人なのである。
もっともアフガニスタンの出身で、ロシアで育ち、フランス人と結婚をされて、フランス国籍を取得された。
露宇戦争の時期だから、ピエールが声を潜めて、その辺のことを、教えてくれた。
別に、個人は関係ないでしょ? しかも、こっちで暮らして長いんだから、と思った。でも、そんなことはみんな分かっている。
フランスには大勢のロシア人、ウクライナ人がいる。
なので、両者をよく知るフランス人も含め、誰もが、複雑な気持ちでこの戦争の行方を見守っている。ソフィアに戦争のことは聞けない。
テレビでは連日、ウクライナの最前線の映像が放映されている。毎日、双方の若者が、信じられないほどの数、戦死している。いったい何のために・・・。
ウクライナは全土で停電なのである。パリよりももっと寒い場所で、どうやって、夜を凌いでいるのか、考えるだけで、重くなる。
もういいから戦争やめようよ、と思うのだけれど、終わらせることの難しさをみんな知り始めている、わけだから、空気が重いのだ。
いつ、欧州に飛び火するかわからない中での、綱渡りなのだから・・・。

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

ソフィアはとてもやさしいお母さんである。
すでに社会人のお子さんが二人いる。もうすぐ50歳とは思えない体形を維持されている。相当な努力家なのだろう。
コートを脱いでダンスをするのだけど、シルエットが、さすが、ダンサ~!
「でも、寒いわ」
と一曲、踊った後に、言った。
「コート着て踊ってもいいよ」
ピエールは優しい。
「でも、ここでコート着たら、この前撮影した絵と繋がらないね」
とぼくは、冷たいよねー、まっとうな意見を言う。あはは。
ま、監督は、ピエールだから、黙っていようか。

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

でも、ちょっと心配になって、ピエールに一度、ここまで撮影した映像見せてよ、と頼んだ。
ソフィアも気になるのか、一緒に後ろから、のぞき込んだ。
画面の中の二人の距離が驚くくらい離れている。ぼくが歌い終わると、その都度、カメラがパン(横を向く)しているのである。ううう。
「離れすぎじゃない? もうちょっと近い絵で、フィックスしといた方が、あとで編集しやすいよ」
つい、でしゃばってしまった。
するとピエールが、持論を展開はじめたので、ぼくは「君が監督だから、いいんだよ。好きにやりなよ」と突き放した。
ピエールは芸術家だから悩みながら撮影をしている。でも、寒い。薄着のソフィアがかわいそうだ。撮るべきものをさっさと撮って、温かい家に、帰してあげたい。
「あの、監督」
ソフィアに撮影意図などを一生懸命説明していたピエールが、ぼくを振り返った。
「凄く寒いから、あと、ワンテイクくらいで終わりにした方がいい。ソフィアさんが風邪ひいちゃう」
「うん、そうだね」
「だとすると、フィックスのぐんと寄った一枚の絵を撮ったら? ぼくとソフィアさんを入れた一枚のフィックスの絵があれば、あとで繋ぎやすいよ。あ、でも、監督は君だけどね」
最初、ムッとしたピエールだったが、あはは、と笑いだした。
「そうしよう。それがいいと思っていたんだ」
マジかよ・・・。
「ですよね。さすが、監督」
「よし、じゃあ、ツジは、ここで歌って、ソフィアはあそこ」
ピエールが走って、マンホールの上に立った。
「ここだ。ソフィア、こっち!」
よしよし、それでいい。ぼくの頭の中には、だいたいの絵が出来ている。これは偉そうに言うわけじゃないけれど、経験がないと難しいのである。
「ごめん、ピエール。ちょっとサイズを詰めたら。で、監督、ここでカメラ構えてフィックス一つ撮影しませんか? ちょっと覗いてみて」
ソフィアが震えているので、あと一回で終わらないとならない、とぼくは思った。
不服そうな顔でピエールがぼくの指さす場所に座って、カメラを覗いた。
ぼくが素早く、ソフィアを立ち位置に連れて行き、戻ると、ぼくはピエールの前でギターを抱えた。ぼくの少し後方でソフィアが踊る構図である。
「悪くないでしょ? これ撮影しとくと、あとで編集の時に便利だよ」
「ああ、なるほど。そうだな。いいね、これにしよう」
ということで、ピエールを傷つけないように誘導した父ちゃんであった。
ソフィアさんが帰った後、
「でしゃばって、ごめんね。でも、いいのが撮れましたね、監督」
と言ったら、ピエール監督、満面の笑みを浮かべ、親指を立てたのであった。
素直だぁ~。あはは。

滞仏日記「カフェのテラス席を埋める、クマのぬいぐるみを横目に、今日も頑張った」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
来週は快晴になるパリですが、その代わり、氷点下らしいので、かなり、監督の技量が問われることになりそうですねぇ、えへへ。ピエールはすっごく素直な人です。確かに経験は少ないのだけれど、ぼくは彼のセンスを信じています。日本人には作ることが出来ないめっちゃパリジャンな作品が出来ることを期待しています。歌詞を仏語に訳し「空」の中にあるぼくの「哲学」を映像化したい~。頑張れー、ピエール~監督、と今もメールで励ましているところ・・・。でしゃばる父ちゃんをお許しください。熱血~。

地球カレッジ

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そして、NHKのBSのドキュメンタリー「パリごはん」の新作が出来上がりつつあるようです。今日、ちくわぶ好きな義和監督から、部分的な映像のチェックがきて、(全体は外部の人に見せたらいけないルールがあるようです。ぼく、外部の人ね、笑)部分的に、ちらっと見たのですけど、いい出来栄えでした。17日の放送らしいですね。愉しみです。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送
さらに、
●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」の再放送が決まりました。
【NHK BSプレミアム】 2月12日(日)12:30〜13:29
(初回放送 2022年9月23日)

さて、父ちゃんの5月29日のオランピア劇場でのライブ、直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。FNAC(フナック)でも買えます。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

https://www.jalpak.fr/optionaltour/tsujiconcert/

自分流×帝京大学