JINSEI STORIES
滞仏日記「息子と語り合ってきた辻家の食堂が閉店した。辻父子、最後の夕食会」 Posted on 2023/01/25 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子から、中国かと思わせるような動画が送られてきた。でも、中国ではない、そこはれっきとしたパリの中心部なのであった。
「なに?」
「中華街に買い物に行ったら、もの凄い賑わいだった」
「旧正月だからね」
「うん。でも、面白いのは、舞っている人の中とかに、黒人や白人の人もいるんだ。仮面をとると、中国の人じゃなかった」
「そうなの? コロナで今、本土から人が入れないからかな?」
「なんか垣根がないんだよね」
「あ、メイライの店が終わるけど、どうする?」
「え? 行かなきゃ」
それで、ぼくは思い出した。そういえば、メイライのお店、旧正月までじゃなかったっけ?
慌てて電話をかけると、週明け、最期の営業をやるよ、と教えてくれた。
香港人であるメイライとシンコーご夫妻が経営する、20年近く通った中華屋さんが閉店する。その最後の日に、息子と食べに行くことが出来た。
「ここで食べるのも今日が最後だね」
「うん」と、息子。ちょっと、しんみり、している・・・。
「いい思い出ばかりだ」
「うん。パパが辛い時はいつもここだった。週に一度は家事が出来なくなってさ」
「あはは。家事鬱になると、ここに逃げていたもんな。ずいぶんと助けられたよ」
「うん」と息子、言いながら、懐かしい店内を見回している。
「で、最後に何、食べる?」
「やっぱり、いつも食べてきたものかな」
「じゃあ、カレー炒飯とか?」
「うん、餃子とか」
「シュウマイ、それから」
「鳥と牛肉の鉄板焼きかなぁ」
「それがいい。食べ納めだね」
「うん」
シングルファザーになった頃、ぼくは頑張って料理と向き合った。
でも、週に一度くらいの頻度で、家事疲れみたいな状態になり、献立は思付かないし、お米研ぐのも辛くなるし、キッチンから逃げ出したくなって、そういう時は必ず、メイライの店に逃げ込んだものであった。
「そうだった、そうだった」
中華料理なのだけど、いわゆる大陸の濃い味ではなく、香港出身のご主人、シンコーが作る味は、どこか懐かしく、とっても優しくて、つまり、今時の味じゃないのだった。
だから、常連さんたちはみんな高齢な人たちばかりなのである。
100歳までここに通いつめた常連さんもいらっしゃった。いつも同じ席に座って、介護の人が一緒なのだけど、びしっとスーツとネクタイで決めて、いわゆるオールドスクールなのである。
そして、その紳士は、ここのご飯を最後に食べきってから、あの世に旅立っていかれたのだった。そのくらい優しい味なのである。
ぼくと息子が一番通い詰めた店であった。
料理が出て来るまでのあいだ、ぼくと息子の会話は弾んだ。というのも、息子は、今、料理に凝っている。
「シュウマイ作る。もう、材料も全部買ってある」
「凄いね、シュウマイの皮、冷凍コーナーとかにあるものね」
「ハ? 何、言ってるの。皮から作らなきゃ、意味ないでしょ? 美味しくないよ」
「皮から作るの?」
「作るよ。明日、肉まんとシュウマイを手作りする予定だよ」
「肉まんも手作り?」
「当り前じゃない」
そう吐き捨てると、息子は、揃えた材料を全部口にしてみせたのである。
「それ、ベーキングパウダーのこと?」
「そうそう、ないと出来ない」
ひゃあ。いったい、将来何になるつもりなんだぁ?
小豆も買って、あんまんも作るのだそうである。やれやれ。ぼくは食育をしたつもりはないけれど、こんな風に育ってしまったのだった。☜自慢? あはは、ま、いいか、自慢しても・・・。
「誰か来るんでしょ? ガールフレンドとか?」
「来ないよ」
「え? 自分のために作るの? (バカじゃない?と出かかった)」
「だって、パパもそうじゃない。作ってたじゃない? 自分のために。そして、いつも言ってた、美味しい料理には時間をかけなさいって・・・」
ひゃあ。
どういう大学生なんだろう・・・。
恐れ入りました。
料理が並んで、ぼくらは食べながら話を続けた。
こうやって、ぼくら親子は美味しく人生を乗り切ることできた。シンコーシェフが作る餃子や、鉄板焼きにいつも励まされて、二人は生きてきたのだ。
「今度ね、5月と9月に大きなライブがある。でも、9月はぼくひとりでやるんだよ。キャパが500人の大きな会場なんだ。日本好きなプロモーターに気に入られて、今、音楽も楽しい」
「ほー、凄いね、500人って。売れるの?」
「五月のは、もう売り切れた」
ひゃあ。
なんか、この子は着々と生きている。人生を楽しんでいるのが伝わって来る。
「心配しないで、危ない世界には首を突っ込まないから」
「あ、うん。おっけー。それがいいよ」
自慢するようにこれからの人生について、笑顔で語り、全部、食べきった息子であった。
お会計をする時、メイライに写真を撮りたい、と頼んだ。満席だった。
パパ、満席だから無理だよ、と息子が言った。でも、メイライは、待ってて、と言い残してキッチンに消えた。
「こんなに常連さんが来ているのに、わがままなんだから」
すると、一度、シンコーが出てきたが、ぼくの顔を確認するなり、慌てて、キッチンに戻り、今度は、真新しいコック服に着替え直して、出てきたのである。
すると、常連さんたちの間から、拍手が沸き起こった。
「シェフ! ありがとう」
ぼくはメイライとシンコーの写真を撮影した。
横で息子がほほ笑んでいた。
常連さんたちもみんな笑顔であった。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、ぼくら親子は幸せでした」
この、最後の瞬間の写真をご覧頂きたい。
これが、ぼくと息子の想い出の中でも、最高の瞬間なのであった。
しぇーしぇー。さいつえん。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
帰り道、息子に「二人の写真送るね」と言ったら、いらない、と言われてびっくり。ぼくの記憶の中で二人は生きているから、写真なんかいらないんだ、というのでした。そして、メトロの駅の方へ歩いていきました。彼はもう、寂しくないようです。しっかりと自立し、そこへ向かって歩き出しているのですから。心配でしょうがなかった父ちゃんですけれど、これからは自分のことを心配した方が良さそうですね。えへへ。
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そして、新作「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分) 放送時間のお知らせです。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送
さらに、
●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」の再放送が決まりました。
【NHK BSプレミアム】 2月12日(日)12:30〜13:29
(初回放送 2022年9月23日)
お知らせ多すぎますね・・・。メモしておいてね。えへへ。