JINSEI STORIES
滞仏日記「キッチンの工事が始まったのだけど、それが思わぬ大惨事を巻き起こし」 Posted on 2023/01/19 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、工事人が時間通りにやって来た。
新しい住居兼事務所のキッチンの棚が崩れかかっていたが、「危険な状態が続いている」と説明をしても、なかなか修理をしない不動産屋と大家に痺れをきらし、長谷っちに堪能なフランス語で抗議文を書いて貰い「それならば消費者センターに通報をします」と送りつけたところ、「すぐに直します」という心地よい返事が戻って来たのは一昨日の日記に書いた通りであーる。るんるん。
フランスで生き抜いていくのは、実はこういうことの連続なのだ。※ フランスに留学されようと思っているそこのあなた、強い心で挑んでください。
いちいち卑屈になっていては、身がもたない。
「人命にかかわることを二か月も放置し、その証拠も持っているんで、ならば、訴えますね」と書けば、先方が自分で判断をすることである。
2か月も放置された問題が一瞬で解決し、その二日後の今日、工事業者が笑顔でやって来た。あはは。
この人たちはとってもいい人たちだった。
「コーヒー、どうです?」
コーヒーを淹れて持っていったら、ハンサムな工事人は、
「砂糖がないと飲めないんですよね」
と主張されたので、喜んで砂糖を探し、入れて差し上げた父ちゃんであった。
勝利したので、嬉しくてしょうがない。☜この時点では・・・。
ぼくは基本が闘争心の塊なので、絶対負けない、と言い聞かせて、ここフランス共和国で生きてきた。
泣き寝入りとか、絶対に、しない。そういう団体も結構しっかりある(世界中にあります)から、訴えればいい。弁護士だってそれが仕事なので、「勝てますよ、辻さん」とよくけしかけられる。
「あなた負けますけど、いいんですね?」
こう伝えると、だいたい、手のひらを返して来る。
頭から強気はいけないけれど、理不尽なことをされたら、とことんやるよ、と示すことが大事なのだ。
ということで、生き抜く天才の父ちゃんは、今日、ニコニコしながら、工事を見守ったのである。とにかく、素晴らしい工事人さんであった。
それにしても、キッチンが足の踏み場もないくらい、すごい状態となった。
朝イチで、長谷っちに来てもらい、キッチンにある食器とか炊飯器とかを廊下へと避難させた。
「どうなってるんですかね? あの棚」
「見て見ようよ」
覗いて、びっくり。ビスで打ち付けられていただけであった。
「これじゃあ、崩落しますね」
そこで、長谷っちが工事人に質問を浴びせた。
「ちゃんと直りますか?」
「ええ、もちろんです。ご覧ください。タイルの上に棚を載せてるだけの構造だから、よく今までもったと思いました。今回は、しっかり、壁にでっかい杭を打ち込んで、そこに棚をはめ込む作業をしますから、もう大丈夫」
「先生、大けがするところでしたね」
「たしかに」
ぼくは長谷っちにあとはまかせて、8階の音楽ルームへと逃げた。もちろん、さんちゃんも一緒に、である。
ということで歌の練習をしていたら、ドアをノックする者がいた。長谷っちかと思って、ドアをあけると、青白い顔のムッシュが立っていた。
「ああ、あんたか、歌ってるの?」
「うるさいですか?」
「いや、うるさいけど、別に、音楽は好きだから、俺はいいんだけどね。他にも住人がいるから、みんなが何と思うかはわからない。越してきたの?」
「家は下にあって、昼間だけ、二時間くらい。いいすかね?」
「ミュージシャン?」
「そう。一応」
「だと思った。その曲、ジャック・ブレルでしょ? 歌い方、不思議だね」
「発音、悪いよね? 練習してるんだ」
「発音、悪くはないよ。ちょっとイタリア人っぽい、アメリカ系のイタリア人ね」
「へー、たまに言われる」
言われるんかい。☜これは、思わず、嘘が出た。ブリティッシュイングリッシュっぽい仏語だね、とは言われたことがあったので、えへへ。
「俺、ジャン。その廊下の突き当りのシャワー室の横に住んでる」
「ああ、いつもドアをあけてるところ」
なぜか、ドアをいつも開けっ放しにしている部屋があるのだ・・・。
「そうそう、廊下も自分の家みたいになるからね」
「なるほど、ドアを開けてるなら、うるさいよね」
「朝から晩まで歌わないなら、いいんじゃないの」
「ありがとう。俺はツジー」
「日本人か?」
「イエース」
「うるさく感じたら、また、言いに来るよ」
「オッケー、そしたら、やめるから、言ってよね」
ジャンは30代後半かな、髭面で、オタクっぽい。なんか皮のベストきて、下はジャージ。長髪で、昔バンドやっていた、みたいなヒッピー感あふれる野郎さんであった。
何を生業にしているのか、わからない。学生じゃないかもね。毎日、ここにいるから、下に親が住んでいて、ここに住まわせてもらっているのかもしれない。
何も仕事はしてないような印象だったけど、もしかしたら、作家とか画家とか漫画家かもしれない。それはこれからのお愉しみ・・・。
ま、敵にしない方が良さそうな顔だった。あはは。
でも、ジャック・ブレル、オランピアで歌うつもりだったから、発音、通じたみたいでよかった。長谷っちに報告しておこうっと。
新しい出会いの始まり、という予感について、て、て・・・。
と、思いきや、そこに長谷っちが、血相を変えて上がって来たのだ。
「せんせー、大変だぁ」
え???
いったい、何が起こった!!!
「どうした、長谷っち」
「先生、トイレに行ったら、キッチン側の壁に無数の穴があいて、トイレが使用不可になっています!!!!」
「ええええええ!!!!」
※ これ、どう思います????
この壁、全部埋めなおして、ペンキを塗りなおすことになるんでしょうね。一応、写真撮影しておかないと・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
あの、これね、冗談では済まされない事態になっておりまして、今、不動産屋に手紙を書いているところですけど、工事人の人たちはモルドバとか、それこそ、ウクライナ当たりの人だから、彼らが困ったことにならないといいのだけど、つまり、キッチンの棚をつけるために、ドリルで数か所穴をあけたのはいいのだけど、そのでっかい杭が、反対側のキッチンの壁に貫通して、壁の数か所に穴があいて破片が散乱している状態なのでした。なんて、言うんでしたっけ、一難去って、また一難? ひゃあああ、、、
はい、そんな悲惨な状況の父ちゃんから、お知らせです。
さて、1月29日が迫ってきましたね。父ちゃんのオンライン・文章教室(エッセイ編)ですけど、ご興味のある皆さんは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいね。
今年、第一回目の熱血授業、気合いが入っておりまする・・・。
5月29日のオランピア劇場での父ちゃんの単独ライブ、これはね、たぶん、もう生涯で一度しかできないライブだと思います。間違いなく、ぼくの歴史の中で、最高の瞬間になるはずだから、見に来てほしいです。
JALパック・パリが企画したライブ翌日のランチ会が「完売」したことを受け、参加できなかった人のために、当日、追加でランチ会がもう一回行われることになりました。まだ、先のことですが、パリ旅行を計画されている皆さん、ご参考ください。詳しくはこちらの、URLをクリックしてみてください。
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そして、NHKの「パリごはん」来月、新作(秋冬編)が登場をします。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】です。ついにちくわず男の義和Dが編集に入った模様です。4か月半に及ぶ、父ちゃんのアフター子育ての記録です。引っ越しあり、三四郎との旅もあり、てんこもりですぞ。
「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分)
そして、再放送もあります。
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送