JINSEI STORIES
滞仏日記「世界中を息子と旅した10年は終わったが、熱血は終わらない。自分に勝つ」 Posted on 2023/01/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子から自分のライブ映像の動画が送られてきた。
満席(200人らしい)の会場(ライブハウスというより宴会場?)の中央で踊りまくる若者たちの中心に立ち、リズミカルなヒップホップを歌う息子がいた。
手を振り回し、ジャンプしながら、独特の身のこなし、ううう、・・・。
昔の自分、ECHOES時代の父ちゃんに(ごめんね)そっくりだった。さすがに、バンダナはまいてなかったのだけれど・・・。あはは。
男の子が9割、女の子が1割という感じで、けっこう野郎のファンが多い。親としては、こんなことになっているのか、と衝撃的な映像ですらあった。何せ、全員ジャンプをしているのである。会場がうねっている。
3月には500人規模のライブハウスでやるらしいが、すでに満席なのだそうで、この時点で、十斗に負けている父ちゃんであった。
映画「中洲のこども」のプロデューサーさんから「音楽を担当した息子さんにギャラを支払いたい」という連絡が来たので、息子に銀行口座番号を聞くため、電話をかけた。
「スペイン、どうだった?」
「うん、よかったよ。三四郎がお前のかわりをつとめてくれた」
「そうなんだ。あはは」
「ライブ、すごいな。映像観て、びっくりしたわ」
「ありがとう。楽しかった」
「感染してないか?」
「してない。用心してるから。もうすぐ大学の試験があるし」
口座番号を聞いて、電話を切った。
三四郎がぼくを見上げている。
ぼくは昼飯を作ることにした。今日はレンズ豆とソーセージ・グリルだ。
※ レンズ豆は鉄分が豊富なのである!
離婚直後、息子は笑わなくなり、俯く少年になった。
これはいけないと思って、ぼくは息子と旅に出るようにした。
たくさん、語り合わないといけない。
そのためには、新天地が必要だと考えたのだ。
もちろん、すぐに引っ越しをしたが(それでも離婚から3か月はかかった)、とにかく父ちゃんがそばにいるんだ、と理解させるのに旅しかない、と思った。
旅先でしか語り合えないこともある。
子供には理解できない大人の事情を説明するのに、海や、山や、青空が必要だった。
小学5年生だった息子との旅は最初、ストラスブールから始まった。
フランス国内はもちろんのこと、ハワイや北海道から九州まで日本各地を旅した。しかし、もっとも頻繁に旅行したのが欧州だ。西はバルセロナのサクラダファミリアに登り、欧州最西端ポルトガルのロカ岬まで行った。東は、東欧やロシアへ、南は地中海を渡り、北アフリカのモロッコ、北はスウェーデン、いや、アイスランドでは氷河から吹き出る巨大間欠泉を仰ぎ、一緒にオーロラを眺めたのだった。
その子も、無事に大学生となり、父子旅は終わった。
寂しいけれど、よく育った。これでいいのだ。
送られてきた動画の中の、ファンに囲まれた逞しい息子の姿を、何度も何度も再生し、よく育ったなぁ、かっこよくなりやがって、と涙をぬぐう63歳だった。
でも、しかし、まだぼくの人生は終わってない。そうだ、ぼくはぼくの旅の途上にある。
ぼくは確かに、息子を育て上げるためにこの10年、息子ファーストで生きてきた。
不安しかなかったが、育て上げたのだ、父ちゃんよ、よくやったじゃないか。
息子が巣立った今、ぼくは高齢化社会に背を向け、新しい自分の人生へとシフトしていかないとならない。まだ、終わるわけにはいかないんだ。
残り時間は限られてきたが、夢はまだある。無限にある。
ぼくには終わらない夢がまだたくさんあるじゃないか。
子育てに費やしたこの10年に感謝しつつも、創作に全力を注げなかった分をここからの10年で挽回しないとならない。まだ、間に合う。
その第一歩が、オランピア劇場でのライブなのである。
今年から始まる、新たな熱血の一時代をイメージしながら、だからこそ、ぼくは三四郎と小型車でスペインまで走った。世界なんか小せぇ、と叫びながらアクセルを踏み続けた。
ぼくには夢がある。見果てぬ夢がある。そこを目指す。
心を新たにするための旅だった。
自分のページを捲るための旅なのであった。
※ ピンチョスみたいにしてみた! あはは。
旅をしながら、ぼくは車の中で、ジャパニーズソウルマンを順繰り歌い続けた。
ぼくが音楽をかけるたび、三四郎が助手席で溜め息をついた。また? また? パパしゃん、また、歌う気? さっきも歌ってたじゃない!
人間の四倍の聴力を持つこの子犬にとって、父ちゃんの歌が暴力でないことを祈りながら、安全運転を心がけた。
あちこちに立ち寄りながら、2500キロを走破した「一人と一匹旅」なのであった。(自動車のメーターがパリを出た時、26000キロだったのに、パリに戻ると、28500キロになっていた!)
三四郎よ、ありがとう。
お前と出会って、パパしゃんは幸せだよ。ほんとうだよ!!!
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今年は父ちゃんの年にしてみせるぞ、と三四郎に言い聞かせた2500キロでした。三四郎にとっては、いい迷惑な一年になる予感溢れた2500キロだったことでしょう。しかし、どんなことがあっても、自分を曲げず、自分にくじけず、自分に妥協しない父ちゃんでありたいと思うのです。映画「中洲のこども」も早く皆さんに観て貰いたい。今年は、躓きながらも七転び八起き、てんこもり父ちゃんで頑張っていく所存です。絶対にくじけません。この日記で書いてきた通り。コロナの時期、映画もオーチャードも全部すっ飛んで、全仏ロックダウンの中でも、子育てに奮闘し、夢を諦めなかった自分だからこそ、絶対、今年は自分に勝ってみせるんです。応援、よろしくお願いいたします。ともかく、元気な父ちゃんを、一日も早く、皆さんに見せたいです。オランピアに命をかけます。
熱血~。
ということで、1月29日に、本年度最初の文章教室でお会いいたしましょう。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいね。
それから、NHKのパリごはん、まだ続いていたんですね。来月、新作が登場します。三四郎ファンの皆様、お待たせしております。チェックお願いします。
「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分)
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送
で、しつこいようですが、5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブ!!!
5月29日のオランピア劇場ライブの翌日に、JALパックさんが企画をし、ぼくがよく知るレストランで、せっかくだからランチ会をやることになりました。ぼくも顔を出し、トークをやる予定ですので、せっかくパリに来られる皆さま、よろしければ、どうぞ、ご参加ください。JALパックさんに相談をすれば、モンサンミッシェルなどのツアーも・・・。この機会に、ぜひ。
詳しくは、こちらのURLをクリックください。
☟
続いて、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」はこちらです。無料でも聞けます。ってか、ほとんど無料に近いですので、思う存分楽しんでください。音楽が危機的な状況ですけど、ミュージシャンたちは頑張っています。
☟
https://linkco.re/2beHy0ru