JINSEI STORIES
滞仏日記「見知らぬ日本バルでお客さんらとハポン祭りをやったの巻」 Posted on 2023/01/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ちょっと疲れが出てきた。
タパスは美味しいけど、水あたりかな、お腹の調子がよくない。
しかも、毎日、コロッケやフライやイベリコハムだから、胃が付かれた。あはは。
旅は楽しいのだけれど、家のキッチンが恋しくなってきた。
昼はタパスを食べに行ったのだけど、ちょっとタパスにも飽きてきた。(贅沢なやつ)
やっぱり、日本米が食べたい。不意に、家に帰りたい願望が大きくなってしまうのだった。
それに、毎日、運転してきたから、一月くらい旅をしているような気もする。やや疲れが出た。パリに帰るかな・・・。
バレンシアまではここからさらに6時間ほどかかってしまう。スペインに到着出来たし、ギターも買ったし、念願のストリートライブもやることが出来た。
今回の旅の目的は達成しているとしよう。
それに帰るとしても、ノンストップで9時間ほどかかり、犬連れだし、休み休み運転しないとならず、たぶん、中継地点でもう一泊する方が安全なのである。
日本バルを出た後、ラ・コンチャまで三四郎と歩いた。
この世のものとは思えない、あまりに美しい光景が広がっていて、ひっくり返った。わ、すごい。
ラ・コンチャ湾がホタテのカタチになっているので、このような湾曲夜景が生まれるのであろう。なかなか拝むことが出来ない。暫くそこから動けなくなった。
ふと、思った。
日本米が食べたい。脂っこいものはちょっと受け付けない。
食事をする気にならず、宿に戻りかけていると、なんだか怪しいアジア風バルがあった。
中を覗くと、日本人らしい人はいないけれど、ちょっとアジアの血が混ざった感じのスペイン人?が料理をしている。
カウンターの端っこの女性は餃子を食べていた。
シモキタとかにある居酒屋である。カウンターがあり、テーブルがある。バルなんだけど、だされているものは日本式料理なのだ。へー、おもろい。入ってみた。
「ドッグ、OK?」
店主らしき人が、いいよ、と言って、席を指示した。
「もしかして、ハポネ(日本人)?」
「ああ、そうだよ」
この人はまったく英語も仏語も喋ることが出来なかった。なので、会話が成り立たない。「ハポネ、ニード、ライス!!!」
身振り手振りで意思を伝える。超ダイナミック!!
しかし、めっちゃ笑顔なのだけど、理解をしてくれない。理解しようとさえしない。
隣にいたスペイン人のおじさんが携帯を取り出した。スペイン語と英語の翻訳機能でやりとりをしろ、と・・・。
「あ、グラシアス」
携帯を受け取り、打ち込もうとしたら、スペイン語の文字盤が奇妙なのである。そもそも文字盤が小さい、アルファベットの上に変な記号がついている、もう、ダメ。
壁を振り返ると、大きな黒板があり、チョークで、
URAMAKI ABURI SASHIMI EDAMANE YAKISOBA、RAMEN などがずらりと並んでいたのだ。
珍しいので、
「ABURI?」
と言ってみたら、おじさん、満面の笑みになり、
「ABURI!? ABURI、OK」
と満足そうにぶつぶつ言いながら、裏に帰って行った。
ちょ、ちょっと、炙りだっていろいろとあるだろうに。飲み物はどうするんだよ。
おじさん、キッチンから顔を出し、
「ABURI!!!」
と楽しそうに言うので、
「日本酒もください」
と思わず日本語で言ったら、おじさん、徳利を取り出し、掲げてみせた。
熱燗か、ま、いいか、寒いし。
「グラシアス。あとね、枝豆! EDAMAME!!!!!」
「EDAMAME EDAMAME!!!! OK!!!!!!!」
いい人だ。ずっと笑顔だった。スペイン人かと思っていたが、ちょっとネイティブアメリカンのような顔をされていた。もしかしたら、日本の血が混じったペルーとか南米の方かもしれない、とその時、思った。
ともかく、不思議な店である。
不安もあったが、待つこと10分、鰻とホタテの炙り寿司が出てきた。
「おおお、なんだ、ちゃんとしているじゃないか」
徳利も持ってきた。おじさん、松竹梅の一升瓶を抱えている。自慢しているのだ。あはは。
身体が冷え切っていたので、熱燗、は嬉しかった。
それと、鰻の炙り寿司、悪くない。ホタテの炙りはさらに美味しかった。
「デリッショーゾ!」
ぼくが叫ぶと、お客さんたちが笑顔でぼくを振り返った。親指を立てている人もいた。
ぼくは携帯を取り出し、帰るルートを調べた。
同じルートを戻るのは味気ない。
どこかでもう一泊しないとならない。戻る旅、というのは疲労しかないから、戻りつつ、別の目的地を目指す新たな旅にしちゃった方が気が楽、というものだ。
ちょうど4,5時間程度のところにいいところを見つけた。
「三四郎、このまま北上をすると、5時間ほどのところに、ラ・ロッシェルという港町があるんだ。近くのイル・ド・レという島はフラー・ド・セルの生産地でもある。そこに一泊してから、パリに戻ろうか?」
独り言なのだけど、三四郎に語って聞かせることで、イメージが具現化する。
「内陸の街より、港町がいいよな?」
返事はないけど、それがムッシュ、イイヨ、と聞こえてきた。幻想人間。
よし、決まった。明日、チェックアウトしたら、ラ・ロッシェルを目指そう。
おじさんが、ぼくのギターを指さしたので、携帯を取り出し翻訳機を使った。
「Soy guitarrista.(ぼくはギターリストなんだ)」
「あああ、本当かい!!! 君は日本のギターリストなんだ」
たぶん、そう言ったのだと思う。おじさん、不意に笑顔になり、興奮気味に言った。スペインの人たちは素直で、裏がない。こういうのも素晴らしい。
ギターを取り出し、歌でも披露するか、と思ってギターに手を伸ばしたら、三四郎が珍しくそれを遮った。下から珍しく小さく吠えたのだ。
訴える目をしている。
「パパしゃん、やめとこ。それはやり過ぎだよ」
「そうか、確かに(笑)」
それで、ぼくはインスタにアップした、昨日の「ボレロ」を聞かせてあげたのである。
キッチンのシェフやお店のお客さんも集まってきて、一緒に訊いた。みんな笑顔で、なんか、興奮組に喋っている。ぼくの携帯の写真を撮る人もいた。いつか、スペインでもライブが出来そうだな、と思った・・・。
「ハポン、ハポン、ハポン!」
なるほど、ここは日本好きなサンセバスチャン人の集う店だったのか。
なんとなく、日本とスペインの友好に貢献できたのかな、・・・。
※ おつかれぎみの、サンシー坊。疲れたね、おうちに帰ろうね。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ということでぼくらは明日、スペインを離れ、フランス西部のラ・ロッシェルを目指すことになりました。これから、宿探しをします。短いサンセバスチャンの滞在でしたが、とっても楽しかったです。とにかく、今は家に戻って「マーボー豆腐」を作って胃袋にかっこみたい、父ちゃんなのでした。あはは。いよいよ、一人と一匹旅は終盤へと向かっています。珍道中、最後まで目が離せませんね。
さーて、毎度、お知らせです。
次の地球カレッジ「文章教室」は、1月29日、日曜日に開催されますよ。
「エッセイの書き方教室、第1回」。
今回の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。
それから、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
5月29日のオランピア劇場ライブの翌日に、JALパックさんが企画をし、ぼくがよく知るレストランで、せっかくだからランチ会をやることになりました。ぼくも顔を出し、トークをやる予定ですので、せっかくパリに来られる皆さま、よろしければ、どうぞ、ご参加ください。JALパックさんに相談をすれば、モンサンミッシェルなどのツアーも・・・。この機会に、ぜひ。
詳しくは、こちらのURLをクリックください。
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続いて、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」はこちらです。無料でも聞けます。ってか、ほとんど無料に近いですので、思う存分楽しんでください。音楽が危機的な状況ですけど、ミュージシャンたちは頑張っています。
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